山極寿一さん

科学季評・山極寿一さん

 11月後半にイタリアでプラネタリー(惑星)サミットが開かれた。米国に本部を置くバーグルエン研究所が主催し、「惑星学」という新しい学問をどう作り、地球の将来に役立てていくかが議論された。哲学や政治、経済、科学技術、宇宙物理、メディアなどの専門家が顔をそろえた。研究所の拠点がベネチアと北京にあり、中国や欧州各地からの顔ぶれが目立った。日本から招待されたのは私1人で、しかも人類学・霊長類学という分野は私だけだった。サミットは2~5人の座談会形式で、様々な分野から意見が出された。

 私は、研究所の中国拠点の所長で法哲学が専門のビン・ソンさんと、人間中心主義や科学万能主義について対話した。私はまず、人間の本性について世界に蔓延(まんえん)している二つの誤解について話した。ひとつは人間の脳は言葉の登場によって大きくなったという誤解だ。キリスト教世界では言葉の有無が人間と動物を分ける大きな壁であり、文化や社会も言葉によってつくられたとする説が根強い。しかし、化石証拠から、脳が大きくなり始めたのは200万年前で現代人が登場する前に現代人並みになったことがわかっている。言葉が登場したのは現代人が生まれた20万~30万年前より後だから、言葉が脳を大きくしたのではなく、脳が大きくなったことが言葉を生んだのだ。では、何が脳を大きくしたのか。言葉をしゃべらないサルや類人猿の脳を比較した結果、大きな集団で暮らす種ほど脳が大きいことがわかった。おそらく人類も同じように、言葉を話す前に集団が大きくなり、社会の複雑さが増すことによって脳は大きくなったのだ。

 もうひとつは暴力の起源だ。私が調査してきたゴリラは映画「キングコング」のモデルになったように、暴力の権化と見なされてきた。実際は対等性を重んじる平和な暮らしをしている。人々は、17世紀にホッブズが提唱した「人間の自然状態は闘争状態」という説を信じてきた。しかし、もしゴリラと人間の共通祖先が平和的だったとしたら、人間だけに暴力が表れたことになる。それはいつだったのか。映画「2001年宇宙の旅」では、人類がまだ猿人の時代に獣骨を武器にして争い合った姿が描かれている。これは、200万年前の古い人類化石を発見したレイモンド・ダートの説を下地にしている。だが、農耕牧畜が始まる1万年前ごろまで人類が武器で争い合った証拠は見つからなかった。暴力や戦いは人間の本性ではないのだ。でも、人々はいまだにホッブズの説を信じ、戦争は避けられないと思い込んでいる。

 暴力や戦争が起こった理由は…

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