「エラーしても下を向くな、前向こう!」
「今のバッティング良すぎるやん!」
グラウンドに球児たちや監督の声が響くのは、何年ぶりだろうか。
大阪農芸(堺市美原区)はこの夏の大阪大会、2016年以来となる単独チームでの出場を果たす。近年は部員不足のため他校と連合チームを組んで出場していた。
高校で野球を始めた佐藤信尊(2年)は、他に2学年上の先輩1人しかいない野球部で、「単独で試合に出たい」と1年間思い続けていた。
大阪農芸は、造園や動物の飼育などの専門的な知識を学ぶ実習が、放課後や土曜日にもある。連合チームを組む他校との練習に、本気で参加することもままならない。
試合に出るなら、同じ環境で努力する大阪農芸の仲間たちと――。佐藤はこの思いを実現させるきっかけを待っていた。
今年4月、軟式野球部の強豪校で監督経験のある教諭の須藤良介(45)が異動してきた。佐藤は、すぐに「単独で出たい」と須藤に伝えた。
「なら、部員を集めるしかないな」
須藤は監督に就任し、「5月の連休までに9人集まらなければ解散」と期限を設けた。須藤は授業のたびに「一緒に野球しないか?」と呼びかけ。佐藤は廊下で野球がやりたそうな友人たちに片っ端から声をかけた。
最後の1年間を後悔したくない
「野球部に人、集まっているらしいよ」
そんなうわさを光武大雅(3年)は耳にした。中学は野球部だった。
高校最後の1年間。後悔はしたくない。最後に大阪農芸として試合に出られるならと、光武も友人に「一緒に入部しよう」と声をかけ始めた。
須藤の元に10人以上の入部届が集まった。未経験者、バスケとの兼部、元サッカー部。全員、道具もユニホームもない。それでも「野球をやりたい」「試合に出たい」と思いをぶつけてきた。
ならば、生徒の思いを守るため、こたえるしかない。須藤は決意した。
夏の大会まであと2カ月。3年生は最初で最後の公式戦だ。実習日が違うので全員で練習ができない日々。それでも須藤は、部員とたった2人でもキャッチボールをした。ノックなど基礎を大切にした練習を続け、ルールが分からなくても一つ一つ教えた。
それにこたえるように、部員たちも少しずつ大きな声で仲間を鼓舞。一度に数人しか来られなかった練習も、10人以上集まるようになった。
6月6日。実習終わりに最後の10分だけでもと、初めて部員全員がグラウンドにそろった。
練習後に円をつくり、まっすぐ指導者を見る部員たち。須藤は一言、「泣きそうだ」と伝えた。「大阪農芸で、野球できてるやん」。うれしさでいっぱいになった。
いまだに「信じられない」
チームは現在、佐藤が主将、光武が投手を務める。「本当に野球が楽しい」「入部して良かった」。汗をかきながら、全員が笑顔で口をそろえる。
佐藤はチームがここまで来たことに、「数カ月前からは考えられない、すごいこと。信じられない」といまだに驚きを隠さない。どんな試合ができるかは見当もつかないが、「出るからには、一勝せずには終われない」と意気込んでいる。
新品のユニホームが届き、袖を通すのは7月。この夏、大阪農芸野球部だけに見える景色が待っている。=敬称略