建仁寺(京都市東山区)は京都最古の禅寺で、鎌倉幕府2代将軍・源頼家が土地を寄進し、栄西(ようさい)禅師が建立した。1202(建仁2)年の創建で、元号から「建仁寺」と名付けられた。
今でこそ一等地だが、もとは鴨川の河原のそばで、氾濫(はんらん)が起きる場所だった。当時日本では新しい禅宗の寺院建立に反対する勢力があり、都の中心部に造ることはかなわなかった。天台宗の延暦寺に対する配慮もあり、当初は天台、真言、禅の三宗を学べる道場として始まった。
当時は鴨川の河原より東側で、現在の四条通から松原通までの広大な敷地を有していたが、明治政府の上知令(あげちれい)で境内の北側を接収され、そこに祇園(ぎおん)の花街(かがい)が誕生した。祇園甲部歌舞練場に近い北門から境内に入る拝観者が多いが、正面は南側の八坂通にある鎌倉時代の勅使門(国重要文化財)だ。
平重盛の六波羅邸の門、平教…