「ドゥテルテ(フィリピン前大統領)が逮捕されるかもしれない」
3月11日早朝、同僚からメッセージが届いた。香港に滞在していたロドリゴ・ドゥテルテ氏が帰国するという。ドゥテルテ氏にはオランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ていた。
ようやく「麻薬戦争」の捜査が動くのか――。
マニラ首都圏の玄関口、ニノイ・アキノ国際空港にタクシーで急行すると、VIP専用通路の入り口で警察官が隊列を組み、異様な空気が漂っていた。
ロビーは集まってきた報道陣やドゥテルテ支持者らでごった返し、「ドゥテルテ! ドゥテルテ!」と声援も起きた。しかし、本人がその場に姿を現すことなく、飛行機を降りた後に逮捕されたとする政府からの発表が流れた。
「暗殺部隊」による「超法規的殺人」
ドゥテルテ氏は大統領や南部ダバオの市長を務めていた間、麻薬撲滅政策の名の下、警察や私設の「暗殺部隊」が麻薬の売人らを殺害する「超法規的殺人」を事実上容認していた。
2016年の大統領就任以降だけで、死者は政府集計で6千人を超える。数万人単位に上るとの人権団体の推計もある。
背景には違法薬物の蔓延(まんえん)があった。
16年当時、政府は全国に約180万人の常用者がいると推計。都市部の貧困層が集まる地域では薬物が安価で出回り、若者や労働者層を中心に深刻な依存問題を抱えていた。
だが、十分な取り調べや裁判を経ないまま多くの人が殺害された。中には誤って殺された人もいたとみられる。
ICCは18年に予備調査を開始したが、当時のドゥテルテ政権が反発してICCを脱退した。マルコス現大統領も22年の就任当初は捜査に協力しないと表明したが、24年にドゥテルテ氏本人が捜査を受け入れる意向を示したことから方針を転換。長女のサラ・ドゥテルテ副大統領とマルコス氏の確執が深まったこともあり、3月の逮捕につながった。
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遺族団体は「苦しんできた被害者にとって待ちに待った日。正義に向けた大きな一歩だ」と声明を出した。
大統領経験者の逮捕・引き渡しは極めて異例で、真実追及を阻んできた政治の壁に風穴があいた瞬間だった。
男たちが履いていた、特徴的な靴
首都圏ケソン市に暮らすサルバシオン・ラモスさん(66)は逮捕の報を聞き、娘の遺影に静かに手を合わせた。娘のクリステタさん(当時34)が射殺されてから、8年がたつ。
クリステタさんはどのようにして、事件に巻き込まれたのか……。記事後半では、目前で娘を殺害された母の証言から、麻薬戦争の実相を伝えます。
17年2月18日の深夜。マ…