恋人はいない。仕事もいま一つ。38歳の「わたし」にあるのは、1千万円を目前にした貯金だけだった。
さみしさがぐらぐらと温度を上げていた夜に、女性風俗店のセラピストと出会うまでは――。
その夜、兄から、居酒屋で突然報告を受けた。
「実家、二世帯にするで。おれ赤ちゃんできてん」
兄が妻に愛想を尽かされるのは、時間の問題だと思っていた。兄が離婚したら、また両親と家族4人で、実家で暮らせばいいと、考えてもいた。「二世帯」と「赤ちゃん」という降ってわいた言葉に、横っ面を殴られたような気持ちになった。
のろける兄に「すごいやん」と賛辞を送り、深酒をした。外に出ると、まだ午後6時だった。健全な街の騒々しさの中で、芯から酔っている状態でいることが、強烈なさみしさを呼び起こした。
さみしい。
さみしいので、お金を使いたいと思った。せめてお金を使わないと、生まれてきたことがむなしくなってしまう。
五つ星ホテルに向かい、展望ラウンジから、夜景の中で光る、大阪城を1人で見つめた。
さみしさが募り、気付いたときには取り返しがつかないほど欲情してしまっていた。スマホを取り出し、「風俗」と検索をかけた。緊張しながら夜景を凝視して待った。
「こんばんは」
振り返った先で、姿勢よく立ってほほえんでいたセラピストが、「宇治」だった。月に1度、2時間だけ会う、思い人になった。
◇
いとおしい人の存在と、1千万円の貯金があれば、心が満たされて生きていけるのだろうか。
小説「あなたの四月を知らないから」(朝日新聞出版)を書いた青山ヱリさんは、さみしさについて時折、考えてきた。
「人が人を求める、もとにな…