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伊根診療所の石野秀岳所長=京都府伊根町
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 舟屋が観光の名所となっている京都府北部の伊根町。元々は漁師町としてにぎわっていたが、人口減少は著しい。2000年からの20年間で人口は4割ほど減り、町の人口は2千人を切った。65歳以上の高齢者は48・5%。その地域の医療を一人の医師が守っている。

 国会では新たな首相の選出に向けて騒がしくなっていた24年9月下旬の午後、伊根診療所ではいつものゆっくりとした時間が流れていた。

 高齢の女性が診察に来て、世間話を始めた。石野秀岳所長(50)と10分ほど雑談。石野さんが「ところで、きょうは何でしたか?」と切り出し、「あ、そうそう。寝られへんの」とようやく本題に入った。

 この日の午後は10人を診察した。80代以上の患者がほとんど。血圧が高い、腰が痛い、眠れない、巻き爪が痛い……。子どもの予防接種にも対応した。

 だいたい平日の患者は午前が20人、午後が10人ほど。「民間の石野クリニックの院長なら患者を増やさないといけないけど、ここは町の診療所。講演などで住民のみなさんに健康を意識してもらい、病気を予防することが重要。その結果、診療所に人が来なくなるほうがいい」と話す。

 午前と午後の間には自宅への訪問診療や、町内に一つだけある特別養護老人ホーム(特養)の回診にも行く。学校では薬物や酒、たばこ、性教育の講演もしている。

わずか5%だった自宅みとりが2年で急増

 若い医師の研修も受け入れる。9月から1カ月間、自治医科大学を卒業した医師2年目の長澤拓さん(28)を指導した。長澤さんはどんな病気でも診る総合診療医をめざしている。

 診療所の外の駐車場では新型コロナ疑いの女性が車内で待機していた。そのころ、あまりコロナは流行していなかった。

 「長澤くん、今の時期ならどんな病気が考えられる?」「考えにくいですけど細菌性の肺炎とかでしょうか」「アレルギーの可能性はどう?」。車内にいる女性の検査をして症状を聞き取り、最終的にはアレルギーと診断し、薬を処方した。

 伊根町で生まれ育った田中信晴さん(91)は前年の冬に雪かきをしていたらぎっくり腰になった。妻の初乃さん(84)と一緒に来院した。

 「腰、どうですか?」

 「もう大丈夫」

 「ぎっくり腰はまたなるかもしれないので気を付けてくださいね」

 初乃さんがある冊子に目を向けた。「あ、そうそう、これ持ってます?」と、石野さんは、人生の過ごし方や終わり方に関する冊子を手渡した。

 初乃さんは「倒れたらそのときよ。母が延命して困ったから」と笑う。

 「延命治療について『もうよろしいわ』と思うなら、それも書いといて欲しい」

 石野さんが非常勤医師として赴任した翌年の14年の町民アンケートで、最期を迎える場所として全体の67%が自宅療養を望んでいたが、実際には病院に入院して療養することがほとんどで、自宅みとりは5%だった。

 町内の各地区を巡り、自宅療養のポイントについて住民説明会を開いた。「自分の思いを家族に伝えて欲しい。自宅みとりの希望があればお手伝いしたい」。2年後には自宅のみとりが31%に増えた。

地域に必要な「ほどほど医療」とは

 石野さんは伊根町出身。京都府立医科大を卒業し、リウマチなどを専門とする内科医でもあり、救急も経験した。「昔は鬼軍曹だったと思う。生きるか死ぬかといった救急での仕事が楽しかった時期もあった」と振り返る。ただ、夢は「伊根に帰ること」だった。

 11年に伊根町から車で20…

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