阪神・淡路大震災から30年を経ても、活断層は調べ尽くされているわけではない。むしろ、この間に大きな地震が起こるたび、次々に課題が浮かび上がってきた。
「またしてもか」
産業技術総合研究所(産総研)地質調査総合センターの宍倉正展グループ長(55)は、1年前の能登半島地震が起きた直後、最大で4メートルの隆起をとらえた衛星観測のデータを見て、こう思った。
2011年の東日本大震災のときと同じ感覚を覚えたという。
- 【連載初回】「関西では起きない」覆した大震災 活断層の情報は生かされているか
東日本大震災の前、宍倉さんは東北地方の津波堆積(たいせき)物を調べていた。平安時代の貞観地震(869年)をはじめ、繰り返し大津波が来襲したことが明らかになってきていた。その研究成果を広く伝えようとしていた矢先に、大津波が現実になった。
実際に津波が襲った範囲は、調べていた津波堆積物と規模がほぼ同じだった。ハザードマップなどの想定に生かすことができなかったのが悔やまれた。
宍倉さんは、過去に能登半島で起きた隆起も調べていた。そこには、謎があった。
能登半島地震を起こした海底活断層は、産総研の調査で存在が明らかになっていた。半島北岸に沿って途切れ途切れに分布し、長さ20キロほどの四つの区間に分けられていた。
しかし、四つが別々に地震を起こすだけでは、隆起の量が合わない。
07年に西側の一つの区間が動いて起きたマグニチュード(M)6.9の地震のとき、観測された隆起は最大50センチ。海面付近にすむ生物の化石を調べると、過去千年の間に数十センチ程度の隆起が3回分見つかった。
数十センチの隆起の痕跡はほかの区間でもみられた。群発地震が続いていた23年5月に珠洲市で震度6強を観測したM6.5の地震でも、最大で24センチの隆起があった。
一方、半島の海岸付近には、メートル単位の隆起があったことを示す「海成段丘(かいせいだんきゅう)」という階段状の地形がある。過去6千年で3段。活断層が途切れているとされていた珠洲市西部付近が特に高かった。
M7未満の地震では、段丘をつくるような隆起にはならない。ほかの要因では説明できず、区間をまたぐような大きな地震が起きて一気に隆起しないと、つじつまが合わない――。
23年秋の学会でそんな説を発表、年末年始で論文を書こうとしていたときに、M7.6の地震が起きた。
震源域は長さ150キロに及…