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佐治薫子さん(中央)と千葉県少年少女オーケストラ

【連載】音を翼に~佐治薫子とジュニアオーケストラ(3)

 学校の音楽教育は、いかにあるべきなのか。コンクールに出場することにはどんな意味があるのか。

 日本随一の実力を誇る千葉県少年少女オーケストラで、1996年の創設時から音楽監督を務める佐治薫子さん(88)は、40年にわたる小・中学校教員時代にそう、ずっと自身に問いかけてきた。

 音楽教師としての揺るぎない教育哲学を築くに至ったのは、1956年から10年間、初任地である千葉の君津市立松丘中で過ごした日々だった。

 オーケストラの楽器が簡単に手に入らなかった当時は、「リード楽器」と呼ばれたハーモニカやアコーディオンが合奏教育の中心となった。佐治さんは、小品ながら対位法の宇宙を体感させる、バッハの「小フーガト短調」を重要な「教材」とした。

 しかし、複数の声部を同時に奏でながらハーモニーを築くのは、大人にとってすら至難の業。なかなかそろわず、しまいにはバケツの底をばちでドンドンたたきながらリズムを合わせた。何とか形になるまで半年かかった。

 次の転任先の船橋市立前原小でも、やはり「小フーガト短調」を子供たちにやらせてみた。すると、バケツを持ち出すまでもなかった。対位法の何たるかも知らぬ子供たちが、バッハのエッセンスをつかむのに1カ月もかからなかった。

 松丘中時代にずっとぼんやり思っていたことが、確信に変わった。音楽教育は、中学校からじゃダメなんだ。小学校からやるべきなんだ。私がやるべきなのは、音楽を通じた人間教育なんだ。音楽は、人生や人間社会の縮図なのだから――。

 音楽は難しいから苦手とか、嫌いとか、そんなことを考え始める前に音楽の本質を子供たちの中に植え付けてしまえばいい。あとは子供たちが音楽を通し、それぞれに、自分で自分の生き方を考えるようになる。

 ある日の休憩時間、音楽に全く興味などなさそうなやんちゃな野球少年が、鑑賞の授業で聴かせたばかりの「小フーガト短調」の旋律を指1本で弾いていたことがあった。「すごいじゃない!」と褒めたら照れたように笑った。

 練習は誰かに言われてやるものではなく、自分の中から湧き起こる「やりたい」という気持ちがさせるもの。魂のこもる1音は、誰かの音と心地良く響き合い、広がってゆく。しかし、その1音は自身の努力なくしてみつからない。その努力の先にある喜びをこそ伝えたい。

 「前しか見られない。過去を振り返れない」と自身の性分を語るが、かつて、ひとつだけ後悔したことがある。

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佐治薫子さん(88)は、かつては公立小中学校で音楽を教え、その後、千葉県少年少女オーケストラの音楽監督になりました。学校での音楽教育と、地域のオーケストラの育成をどちらも経験した佐治さんが考える、音楽教育のあり方とはどんなものか。ご本人に取材し、探りました。

 松丘中で教えていた頃のこと…

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