病気や体が不自由で外出できない人のために、出張散髪を40年以上続けている理容師の女性がいる。月に数回、病院や個人宅に自転車や原付きバイクで駆けつける。
広島県福山市の中間谷(なかまや)文子さん(73)。中学卒業後に理容師に。自宅で理容室を営み、出張は1980年から。近所の高齢者から頼まれたのがきっかけだった。
阪神大震災では半年後にボランティアとして神戸に入った。新聞の伝言コーナーに投稿すると、仮設住宅の96歳の男性から「足が不自由なので来てほしい」。バリカンを手に訪れると、段ボール箱に「きょう広島から散髪屋さんが来ます」と書かれた看板が待っていた。
男性からは後日、「遠くまで来てくれてありがとう」と、お礼のはがきが届いた。
出張先で、家族の愛に触れることもあった。ある青年から、抗がん剤で髪が抜けるため、肩までかかる長髪を坊主頭にしてほしいと頼まれた。その後、抜け毛が増え、頭をそることに。そり終えて青年の頭を拭うと、そばにいた母親がさらに懸命に拭いていた。「どんなに私が丁寧にやっても、母親の愛情こもった手にはかなわないと思った」。1年後、青年が亡くなったことを知った。
散髪の数日後に亡くなった高齢男性の家族から、「よい旅支度をしてもらえた」と感謝の言葉をもらったこともある。「散髪後の笑顔と『ありがとう』に支えられて、やってこられた。ぜひあなたに、と言ってくれる方もいるので」
経験を重ね、独自のノウハウも身につけた。負担をかけないよう、寝たきりの人の場合、相手の体を左右に動かしながら素早く作業する。
昨年11月、若手の美容師に頼まれてセミナーを始めた。技術だけでなく、高齢者への対応などの心得も説く。受講者は「草分け的な存在。信念がなければできないこと」と話す。「高齢化社会で出張散髪を必要とする人は増えていく。まだまだ元気。お役に立てれば」