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選手たちと語る明徳義塾の馬淵史郎監督=2025年3月1日午後3時31分、高知県須崎市浦ノ内下中山、原篤司撮影
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 18日開幕の第97回選抜高校野球大会に出場した明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督(69)は、史上最多の39度目の甲子園出場となる。気の遠くなるような回数だ。初戦で前年覇者、健大高崎(群馬)と対戦するのを前に、インタビューした。

 ――1991年夏を皮切りに、監督としての甲子園出場が春夏合わせて全国最多となります。

 甲子園に一回行けたらいいな、ということで監督になったけど、1回行ったら2回、30回出たら31回目も出たくなる。甲子園とはそういうものだ。

 一回も出られない監督もいっぱいいるのに、非常に恵まれた人生や。いつやめても悔いはないぞ。でも自分だけでは来られない。毎回、選手に連れて行ってもらっている。

 ――「おれが導いてやった」ではないと。

 そう。1人じゃなにもできない。監督はひとつの試合でたいてい1、2回はミスをする。それを子どもたちがプレーで取り返してくれる。だから勝てるんだ。

 監督の仕事は、スタメンを決めることと、投手の交代時期を考えることが大事、っていうか、ほぼそれだけ。バントする、しない、なんていうのは誰でもわかる。

馬淵監督は、明徳義塾で教頭職のスポーツ局長を務める教育者でもあります。記事の後半では、星稜(石川)の松井秀喜選手を5打席連続で敬遠した1992年の夏について、あらためて聞きました。

 ――甲子園での通算勝利数は歴代4位の55勝。最も思い出深い試合は。

 初めて全国優勝した2002…

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