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震災の日に311円で提供する人気の中華そば
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 3月11日、今年も岩手県宮古市のラーメン店で311円の中華そばが提供された。「3・11を忘れないで」と、東日本大震災から10年後の2021年に始めた企画だ。

 同市崎鍬(くわ)ケ崎の国道45号沿いにある「野菜たっぷりタンメンの店 大久保」。大久保久枝さん(58)、秀司さん(57)夫婦と長女わかなさん(28)が営んでいる。11日は143人が来店し、従業員総出の接客となった。

 中華そばの売り上げは4万4473円。店頭に置いた募金箱の寄付を合わせた9万8405円は、市を通じて能登半島の被災地と山林火災があった大船渡に贈った。

 震災の津波で田老地区の自宅アパートが全壊。揺れが収まると、久枝さんとわかなさんは自宅を飛び出し、高台にある三陸鉄道田老駅のホームに逃げた。目の前で押し寄せた津波が田老の町をのみ込んでいった。近所に住む久枝さんの父喜久蔵さん(当時69)と弟の徹さん(同41)が犠牲になった。店にいた秀司さんは無事だったが、自宅を失い、避難所生活が始まった。

 「借金もあったし、お先真っ暗で。店を閉めて働きに出ようと話していた」と久枝さん。だが、避難所で耳にした「ラーメンが食いてえ」という初老の男性の一言が転機となった。

 3月下旬、製麺業者の助けを借りて炊き出しでラーメンを提供した。だしパックを使ったスープだったが、温かい食事に笑顔があふれた。翌日、お年寄りから「おいしかった」と深く頭を下げられた。その瞬間、「店を開けてラーメンを作ろう」と心が決まった。

 震災後、人が減り、何度も浮き沈みはあった。三陸沿岸道路の開通で店前の通行量が激減したが、添加物を使わない岩手県産小麦を使った自家製麺や野菜が500グラムとれるタンメンの人気などで、何とか客をつなぎとめた。

 しかし、コロナ禍の打撃は強烈だった。売り上げは激減。補助金では穴埋めできず、借金が膨らんだ。不安はあったが、運転資金を得るため、借りやすい「ゼロゼロ融資」に頼った。「限界ラインを超えて借り入れてしまった」と久枝さん。さらに、ロシアのウクライナ侵攻にともなう物価高が追い打ちをかけた。材料費が高騰し、ゼロゼロ融資の返済も迫ってきた。

 営業時間の延長や値上げでは限界があった。中心街から離れているため、待っているだけでは客が来ない。八方ふさがりの中、久枝さんは「やれることは全てやろう」と開き直った。経営セミナーで講師に食らい付き、ノウハウを吸収した。

 販売商品を開発し、ショッピングできるECサイトを立ち上げた。来店時にギョーザなどが味わえるサブスクリプション(定額利用)やクーポンも企画。老朽化した施設を改修するため、目標300万円のクラウドファンディングも始めた。客が足を延ばして来店する理由を生み出していった。

 約30年前に脱サラし、カラオケボックス、焼き鳥店を経て、開いたのがラーメン店だった。久枝さんは「震災まで人に迷惑をかけてはいけないと生きてきたが、何もかもなくなって、人に頼るしかなかった。支援してもらって生かされてきた。店を続けたいが、資金がない。味やサービスを未来に残すため、応援してほしい」と話した。

 東京商工リサーチ盛岡支店によると、24年に岩手県内で倒産(負債額が1千万円以上)した企業数は76件(前年比21件増)、負債総額は170億6300万円(前年比53億4400万円増)。11年の東日本大震災以降で件数、負債総額とも最多だった。

 盛岡市の21件が最多だが、大船渡市や釜石市など沿岸でも15件の倒産が発生した。

 コロナ禍では、実質無担保・無利子でお金を貸す「ゼロゼロ融資」などの中小企業支援策によって倒産件数は抑えられてきた。だが業績の回復が進まず、人件費や物価の高騰も追い打ちをかけた。返済が本格化する中、「息切れ」する企業が相次いだ。

 倒産件数は3年連続で増加した。業種別では建設業が22件で最多。飲食業や宿泊業、娯楽業を含めたサービス業他が20件、運輸業が10件だった。原因は販売不振が50件で最多だった。

 倒産企業を従業員数でみると、5人未満の企業が82・9%。負債額も39件が1億円未満の倒産で、半数以上を占めた。25年も1月4件、2月9件の企業倒産があった。=おわり

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