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長崎県諫早市、地元の飯盛図書室では野呂邦暢さんの本の隣に拙著も並べられ、うれしくも気恥ずかしい

記者コラム 「多事奏論」 本社コラムニスト(天草)・近藤康太郎

 近所の農家が、米どろぼうにあった。30キロ入りを30袋、倉庫から持っていかれたという。とうとうここまで来たか。

 米の値上がりが止まらない。政府が備蓄米を放出しても、東京では5キロ5千円近くする。もはや高級嗜好(しこう)品か。

 わたしの棚田は、長崎県諫早市の旧田結村にある。去年までは、秋に刈りとったもみ米を、わらの上に置いて日に干していた。田んぼのロボット・ギャル原や使えない大男・慎太郎ら、助っ人が来るのを待って、軽トラに積み込む。のんきなものだ。

 「昔は、いっぺ実った稲を、夜(よん)の夜中に刈って、おっとってく奴(やつ)らさえおったげな」。隣人の工場長が、そう言う。いまは戦後すぐなのか。食料危機一歩手前を、田舎の田んぼで実感している。

 諫早が誇りとする郷土の作家野呂邦暢は、終生、この地を離れることなく、書き続けた。旧田結村で生きるようになり、この作家がしみじみ好きになった。全作品を読んだ。芥川賞を受賞したときの雑誌寄稿文にも、染みるものがあった。

 子供のころ、野呂は諫早で畑…

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