思い出を言葉にすることで、少し楽になれそうな気がする。10年が過ぎてそう思えるようになった。そして、娘が立ったその場所で、同じ景色を見たい、と思う。
2014年9月27日。
あの日は朝から晴れていて、登山日和だった。
愛知県知立市の団体職員伊藤光夫さん(60)は同僚ら16人とともに、長野県王滝村の御嶽山(3067メートル)の登山口にいた。
隣には、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた高校3年生で18歳の長女琴美さんがいた。
2日前、光夫さんは当初、長男と次男を誘ったが、別の用事があって断られた。運動が得意ではなかった琴美さんに声を掛けると、意外にも快諾してくれた。
琴美さんは言った。
「でもね」
ん、何だろう。
「帰りにショッピングセンターに寄ってね」
ん、何をおねだりされるのだろう。
「山登りなんてしたことなかったのに」
光夫さんは一瞬、苦笑いした…