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連載「よみがえれ刀」第6回

 豊後の砂鉄を材料に、はたして美しい刀が作れるのだろうか。

 専門家の助言を求めて、刀鍛冶(かじ)、三上高慶(たかのり)氏(69)を広島県北広島町に訪ねた。刀匠名は「貞直」。中国山地の山あいにある静かな町に日本刀の鍛錬(たんれん)道場を構えている。

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作刀する三上高慶刀匠=広島県北広島町

 背後は森。絶えず鳥のさえずりが響き、雨上がりの樹々(きぎ)の合間からさわやかな風が吹いてくる。

 「遠かったでしょう」。三上氏は笑顔で出迎えてくれた。ニコニコしているが、すご腕の刀匠だ。

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力強く清らかな三上刀匠の刀。自然の美を感じる

 日本美術刀剣保存協会(日刀保(にっとうほ))が認める「無鑑査」という称号を持つ名工の一人でもある。無鑑査とは、刀剣をコンクールに出品する際に審査や鑑査を経ずに出品することが可能な特別の存在。日刀保の展覧会で、文化庁長官賞、高松宮賞、薫山賞など権威ある賞もそれぞれ2回ずつ受賞した。2013年9月から19年8月まで全日本刀匠会長を務め、広島県の無形文化財保持者でもある。

 そんな三上氏には、日刀保たたらのベテランたたら師というもう一つの顔がある。1987年から毎年、日刀保たたらで製鉄に取り組み、玉鋼を生産してきた。今年も1月22日から操業した日刀保たたらに携わった。

 日刀保たたらは日本刀の材料となる良質の玉鋼をたくさん作ることが目的だ。現在操業しているのは江戸時代に完成したと思われる様式で、炉は長さ約3メートル、幅90センチもある。大型化で「鉧」と呼ばれる3トン近い巨大な鉄塊ができるようになり、鉧に含まれる玉鋼の量も比例して増えた。

 だが「昔はここまで大型ではなかったでしょう」と三上氏。理由は「大きな鉄が出来ても、玉鋼が取り出せません」。江戸時代、巨大な重りを落下させて鉧をたたき割ることができる設備ができるまでは、大型化は無理だった。

江戸時代の玉鋼を取り出す コンパクトなたたら

 中世を舞台にしたスタジオジブリの映画「もののけ姫」では大型のたたらが操業する場面が描かれる。しかし時代的には、より小規模な「小だたら」が主流だったと考えられている。人間が槌(つち)一本で鍛える作業では、こぶし大程度の鉄が扱いやすいのだという。

 三上氏もかつて、小だたらに挑戦したことがある。地元の川で採取した砂鉄を、木炭を使って筒型の炉で還元し、玉鋼を得ようとした。しかし、そのときはうまくいかなかったという。原因はわかっていない。

 「豊後の砂鉄で小だたらをしてみたいんです」。記者が三上氏に訴えると、「面白いんじゃないですか」と目を細めた。「どんな鉄が出来るんでしょうねえ。頑張って下さい」と励まされた。

 三上氏が打った刀を見せてもらった。記者は、2012年、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する「ロンギヌスの槍」を「再現」した作品を見たことがあったが、ガラス越しだった。三上氏の作品を実際に手に取って見るのは今回が初めてだ。

 鞘(さや)から出た刀は美しかった。みずみずしい肌に、刃文がゆったりと波打ち、豊かな気持ちが広がる。目を近付けてゆっくりと刃文をたどると、様々な鉄の表情が風景を生み、絵巻を眺めているようだ。

 夢中で数本を見せてもらった。普通は刀を持つと多少緊張するものだが、そうしたものが全くなく、美しい山や森を見てうれしくなるのと同じ喜びがある。

 中国山地の砂鉄と木炭、土、水を使って作った鉄をここで鍛えたのだから、刀も中国山地の自然の美の延長線上にあるのだろうか。

 豊後の砂鉄で刀を作れば、どんなものができるのだろう。そもそも中世、九州はどこでどうやって鉄を作り、豊後刀を作ってきたのか。世界中の製鉄遺跡を飛び回り、九州の製鉄の歴史にも詳しい大学教授を訪ねるため、四国に渡った。

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三上高慶刀匠の刀
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三上高慶刀匠の仕事場=2024年10月7日、広島県北広島町、神﨑卓征撮影

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