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「幻の光」で主演の江角マキコさんが階段をふく場面。坂下久造さんが廃屋に階段をとりつけた©1995 TV MAN UNION

 「1万人の気持ちです」

 能登半島地震の復興にと集まった330万円。4月25日、東京から石川県輪島市役所を訪れ、副市長に寄付の目録を手渡した合津(ごうづ)直枝さん(71)の声は、震えて聞こえた。

 あのときと同じだ。

 11カ月前、電話の向こうの合津さんの声は震えていた。

 「輪島の人たちに本当にお世話になったの。その人たちがひどい目にあっているということが、もう本当に許せない」。泣いていることがはっきりとわかった。

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「輪島朝市」周辺は能登半島地震で焼失し、建物が取り壊されて更地となっている=2025年4月25日午後4時2分、石川県輪島市河井町、上田真由美撮影

 30年前、輪島で1本の映画が撮られた。「幻の光」。いまや世界的な映画監督として知られる是枝裕和さんのデビュー作だ。

 輪島の雄大な四季を背景に、新人だった江角マキコさんが演じる主人公の「喪失と再生」を描いた。宮本輝さんの同名の短編小説の映画化を企画し、プロデューサーとして携わったのが合津さんだった。

 昨年元日の能登半島地震を受け、合津さんたち制作陣は、輪島に恩返ししようと映画のデジタルリマスター版を特別上映し、収益を輪島市に寄付することを決めた。

 能登駐在記者として赴任してまもない私が、合津さんと電話で話したのは、そのころだ。合津さんが安否を案じていた輪島の恩人たちの消息を捜し、ロケ地だったまちの現状を伝えた。

  • 是枝監督が初長編撮った地 描かれた喪失と再生、重ねた能登の未来

 合津さんが所属する制作会社「テレビマンユニオン」は昨年8月から全国45映画館で「幻の光」を上映した。約1万人が足を運び、経費を差し引いた330万円を贈った。

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合津直枝さんは寄付にあたり、「この映画には元気な輪島、やさしい輪島がのこされています」とつづって全国の映画館に送った手紙を読み上げた=2025年4月25日午前11時37分、石川県輪島市、上田真由美撮影

「答え合わせしている気持ち」

 寄付を持ってきた合津さんは、30年前の恩人たちとの再会も果たした。

 一人は、贈呈のときにカメラを構えていた坂(さか)健生さん(68)。映画撮影時、宣伝などに使うスチール写真を担当した。

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合津直枝さん(左)らの寄付金贈呈に、坂健生さん(中央)も立ち合った=2025年4月25日午前11時39分、石川県輪島市二ツ屋町、上田真由美撮影

 当時、坂さんは輪島市の隣の珠洲市で父親が営む写真館を手伝っていた。写真家としてはまだ駆け出し。恩師の紹介で「幻の光」のスチール撮影を担当することになった。通った現場は経験したことのない緊迫感に満ちていた。

 「現場の情熱がすごかった。晴れのシーンが撮りたければ、天気が変わるまで待つ。全員が粘り強くて真摯(しんし)で、若い才能が集まっていた」と坂さん。あこがれの存在だった「キャメラマン」が撮影した湿ったトーンの映像は圧巻だった。

 昨年の震災で坂さんの自宅は…

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