滋賀にとって、琵琶湖疏水(そすい)といえば観光船「びわ湖疏水船」のイメージが強いという。2018年から春と秋に運航し、大津港と京都・蹴上(けあげ)を結ぶ。人気の観光船が走り出すには、京都市側に難色を示されながらも活動を続けた大津の人たちの情熱があった。
「琵琶湖疏水は世界遺産に匹敵する」
観光船就航の旗振り役を担った大津市の日本画家・鈴木靖将(やすまさ)さん(81)は、国宝に続き、琵琶湖疏水の世界遺産登録を夢みている。
明治時代にできた琵琶湖疏水には、戦後の1951年まで、人や貨物を運ぶ通船が行き交った。鈴木さんは子どものころ、琵琶湖疏水でウナギや魚を取ったり、取水口付近で泳いだりした。
琵琶湖疏水に観光船を就航させ、地域活性化につなげたい。その思いから仲間を募り、85年に市民団体「びわこ疏水とさざなみの道の会」をつくった。事務局長に就き、シンポジウムなどを催した。
観光船が実現したときの絵も描いた。国宝になる見通しの第一隧道(ずいどう)を航行する観光船、蹴上のインクラインを通る観光船。その絵を大津市の幹部らに配り、観光船のイメージを持ってもらった。
ただ、琵琶湖疏水を管理する京都市との調整は難航した。琵琶湖疏水を流れる水は、京都市内の水道水に使われている。京都市側は水質の安全を心配したという。
当時、大津市企画調整課の職員だった寺田智次さん(73)は京都市役所を訪ね、観光船の実現を働きかけた。そのとき、京都市の職員に言われた言葉が今も印象に残っている。
「琵琶湖疏水に船が通ったら油が浮く。飲む人のことを考えてください」
寺田さんは「琵琶湖疏水を管理しているのは京都市だから、大津市としてはお願いするしかない。安全面を理由にされたら、どうしようもなかった」と振り返る。
だが、大津市も、鈴木さんら「びわこ疏水とさざなみの道の会」のメンバーもあきらめなかった。「観光船の実現に向けてがんばろう」と励まし合い、活動を続けた。
2018年、観光船の運航が始まった。観光客に人気で、23年4月には乗客5万人を突破した。
寺田さんによると、琵琶湖疏水の石垣には、地元にあった膳所城の石垣も使われているという。今回の国宝は「観光船だけでなく、疏水や周辺の歴史も知ってもらえるいい機会だ」と話す。
さざなみの道の会は今年、結成40年を迎えた。その節目の年に琵琶湖疏水が国宝に指定される見通しになった。鈴木さんは「琵琶湖疏水は大津京と平安京を結ぶ水の道。京都と大津が琵琶湖疏水を上手に使わなアカン」と、さらなる活性化を期待している。