約150年前、荒野を切り開いてつくられた都市・札幌。歴史の浅さから歴史小説にはなりにくかった。そんな難題に挑んだのが、直木賞作家の門井慶喜さん(53)。「札幌誕生」(河出書房新社)の執筆を通して感じた人工都市の面白さを、地元出身記者が聞いた。
かどい・よしのぶ 1971年生まれ。同志社大卒。2003年「キッドナッパーズ」でデビュー。2018年に「銀河鉄道の父」で第158回直木賞受賞。「家康、江戸を建てる」「ゆうびんの父」など著書多数。朝日新聞で、明治の詩人北村透谷の妻・ミナが主人公の小説「夫を亡くして」を連載中。
――なぜ札幌を題材にしたのですか。
「何にもないところから街ができるというドラマに興味があるんです。約400年前にほぼゼロから江戸という街が造られた経緯を『家康、江戸を建てる』という小説にしました。その後で同じような街として、札幌があることに気付いた。約150年は江戸に比べれば短いけれど、江戸とはまったく違ったドラマや、現代人にとってのテーマがあると思いました」
京都と札幌の「1条」は全然違う
――歴史小説には不向きでは?
「歴史小説は、まず読者に歴史的な現象や事件に関する説明をしなくてはいけませんが、なるべく最小限にしたい。物語に必要な分だけの説明を簡潔にしたいんです。その点で、京都など歴史がある街に比べると、札幌の方がやりやすい」
――歴史がないことが利点になる、と。
「京都も、札幌も、街は碁盤の目状で1条や2条といった呼び名がある点は共通しています。でも、小説家の目でみると、京都と札幌の1条は全然違う。京都の1条はあれもこれもと、読者だったら知っていることを想定しなくてはならない。十二単(ひとえ)を着てずるずる引きずって歩く感じです。一方、札幌の1条はTシャツにジーンズ。街に歴史がないことは気持ちのいい世界でした」
――開拓使の初代判官として知られる島判官を採り上げています。
「本名は島義勇(よしたけ)。今回、驚いたのが彼に関する資料の少なさです。内地(本州)の話であれば、役所の文書や役人の回顧録といった資料が残っていますが、それがほとんどなかった」
「島は佐賀藩士でしたが、判官を半年足らずで解任された後、(政府に不満を持つ旧武士がおこした)『佐賀の乱』の首謀者として処刑された。ふるさとにも資料は少ない。アンタッチャブルな逆賊としてみられていたからだと思います」
――道内では「判官さま」という菓子名にもなり、今も「開拓の父」と慕われています。
「ある人物が何かを成し遂げたことを後世が意識する場合、『飾る』ことをします。僕も飾っている一人かもしれませんが、島の場合は資料が少ない割にやったことが伝説的に大きいので、なおさら『飾る』という人間的な営みの出る余地が大きいのではないでしょうか」
――私は小学生の頃、島判官を学びましたが、負の側面は知らなかった。一人の人間が善と悪の両面を持つことを子どもには教えないんですね。
「偉人マンガでも『黒歴史』…