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生活保護基準引き下げをめぐって、間もなく最高裁で判決が言い渡される。弁論に向かう原告や弁護団ら=2025年5月27日午後、東京都千代田区、米田優人撮影

 生活保護がときにバッシングされる背景には、制度が十分に知られていない現状がある。どんな人たちが、どれほど利用しているのか。どんな問題があるのか。元ケースワーカーで現場経験も豊富な吉永純・花園大教授(公的扶助論)に聞いた。

 ――「生活保護を受ける人が増えすぎだ」という人もいます。

 「増えすぎ」は根拠がありません。厚生労働省が公表している国民生活基礎調査によれば、日本で「これ未満は貧困」という貧困線は可処分所得で127万円(2021年)です。

 この線を下回る人、つまり公式に貧困と認められる人は1932万人にのぼり、人口に占める割合(相対的貧困率)は15.4%です。

 では、そのうちどれだけの人が生活保護を利用しているかといえば、10.6%にすぎません。日本の生活保護にあたる制度は海外でもありますが、貧困線未満の人のうち仏139%、独100%、米77%、英62%、韓国23%などと多くの人が利用しており、日本とは大きな開きがあります。

 注目すべきは、日本では生活保護基準を下回る所得しかないにもかかわらず生活保護を使っていない人が多いことです。国の推計値では、生活保護基準以下の低所得世帯のうち制度を利用しているのは23%(19年)にすぎないのです。

今もみられる「水際作戦」

 ――なぜ、生活保護につながっていない人が多いのですか。

 制度、行政運用、国民意識という三つの問題が重なり合っています。

 制度では、たとえば預金額や自動車の保有などについて厳しい制限があります。手持ち金が1カ月の生活保護基準を下回らないと保護が開始されないうえ、マイカーは原則として持てません。車がないと生活が困難な地方の人はあきらめがちになります。

 保護申請した人の家族に援助の可否を問い合わせる「扶養照会」も、制度利用を肉親に知られたくない人たちにとって壁になっています。

 行政運用については、保護申請を受けつけない「水際作戦」など、違法な抑制策が今もみられます。最近では群馬県桐生市で多くの違法な運用が発覚しました。本来、行政は最低限度の生活を保障することが役割なのに、同市に限らず国も自治体も「生活保護が少ないほどよい」という意識が強いことが背景にあります。

 役所の周知不足や誤解を招きかねない説明も問題です。扶養照会については21年、厚生労働省が、本人が照会を拒否する場合には、親族関係が悪化しているなど扶養が期待できず照会をしなくていいケースにあたらないかを丁寧に調べるよう通知しましたが、いまだに保護の要件であるかのように伝えている自治体もみられます。車の保有も、障害がある人の通院・通勤など一定の条件下で認められるにもかかわらず、「保有禁止」だけを周知している面があります。

 ――「国民意識の問題」とは

 12年にお笑い芸人の親族が制度を利用していたことに端を発した「生活保護バッシング」の影響もあってか、自己責任論が社会に根づいてしまっているのを感じます。多くの支援者が経験していることだと思いますが、生活困窮者の電話相談をしていると、苦しい暮らしを余儀なくされているにもかかわらず「生活保護だけは受けたくない」という方が少なくありません。

「不正受給」実態は

 ――「働けるのに楽している」などの中傷が絶えませんが、現実は?

 そうした声は実像とかけ離れています。利用世帯の内訳(24年12月)をみると、高齢世帯(55%)と傷病世帯(25%)が計8割を占めます。利用者の大半は基本的に就労できない人たちなのです。ほかに母子世帯(4%)とその他世帯(16%)が計2割いますが、ここにもかなり病気や障害のある人が含まれていますし、働いているにもかかわらず、国が定めた最低生活費(生活保護基準)に手取りが届かない人たちも少なくありません。

 ――「不正受給が多い」という声もよく聞かれます。

 不正受給は生活保護費総額に占める金額で0.3%、全保護世帯に占める件数で1.4%(23年度)です。もちろん不正は防がなければいけませんが、ケースワーカーの説明不足や誤った運用が原因のものもかなりあり、すべてが悪質な事案ではありません。

 ――生活保護基準の持つ意味とは?

 生活保護基準は憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化したものです。だから、国によると、保育料、就学援助、国民健康保険料減免など47の低所得者向け施策で指標とされています。いわば社会保障の土台です。

 今月27日、生活保護基準引き下げの取り消しを求めた訴訟で、最高裁判決が言い渡されます。国民生活の土台にかかわる重要な判断です。

  • 【そもそも解説】「最後の安全網」生活保護申請のハードルとは?

■生活に困ったら思い切って相談してみませんか

 生活が苦しいのに相談をためらっていませんか。自分が生活保護などの支援対象に該当するのかわからず、困っていませんか。適切な窓口や制度を案内したり、法律家のサポートにつないだりしている団体もあります。一歩を踏み出してみませんか。

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生活に困ったときの相談先
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吉永純・花園大教授=永田豊隆撮影

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