約5千年も続く数学の歴史。証明を重ね、新しい発見を求めて、今なお挑み続ける人たちがいます。数学者とはいったいどんな人なのか。何を考え、何を求めているのか。「数学のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞した数学者、森重文さんに話を聞きました。
数学って難しそう? でも、その先には「数えられない無限」や「虚数」といった、不思議で面白い世界が広がっています。数学者・森重文さんが、そんな数学の魅力をやさしく語ります。キーワード*の解説もあります。
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――森さんは小学生の頃から数学が得意でしたか。
普通のタイプでしたよ。親が共働きだったので、放課後は学習塾に通っていましたが、テストで上位に入るような生徒ではなかった。
ある日、塾の先生が数学の問題を出し、「解けたらロールケーキをあげるよ」と言いました。食い意地が出たのか、がんばったら解けた。しかも自分だけ。先生や両親からすごく褒められ、算数にちょっと自信を持ちました。
――森さんと言えば、高校生の時の話は有名です。数学雑誌「大学への数学*」の学力コンテストで毎回ほぼ満点の「伝説の人」でした。
数学が面白くて仕方がなかったです。それまで歯が立たなかった問題が、見方を変えるとさらっと解ける。図形の問題は補助線を引けば一発で解ける。そういうひらめきの快感です。
――数学の道へ進もうと思ったのはいつですか。
高校生の時、「数学入門」(遠山啓著)という本を読み、円周率πや自然対数の底eは、超越数*であると知りました。
なぜだろうと思い、学校の図書館を探し回ると「初等幾何学」(https://dl.ndl.go.jp/pid/930885/1/299)という本に証明が出ていました。
大正時代に書かれた本で、本文がカタカナという古い文体で書かれていて読みにくいけれど、何回か読むとわかった。古臭い証明かと思いきや、証明はみずみずしく、感動したのを今でも覚えています。もっと数学を勉強したいと思いました。ところで大学では何を?
――私は物理学です。
物理では、数式を使って事実や現象を説明できれば正しいとみなしますよね。でも私からみると、それは証明ではないので気持ち悪いです。なぜそういう現象が起こるのか。数学ではそのレベルでわかる。
――わかったという判断が、物理と数学では違いますね。
どっちが上とか下とかではないけど、私は数学の腑(ふ)に落ちる感じが好きですね。
大学院の試験途中に実家へ帰った
――研究は大学の研究室で?
若い頃は、喫茶店や散歩中に考えることが多かったです。一日中考えますが、真夜中にできたと思ったらひらめいたことをメモし、そこでやめてハッピーな気持ちで眠る。翌朝チェックして「しまった」という失敗は何度もあります。研究室の机の前に座るのは、問題が解けた後に論文を書くときくらいでした。
――数学の道に進むことに迷いはありませんでしたか?
京都大4年の時かな。京大大学院に入るための筆記試験を受けましたが、研究者になれるか不安になり、口頭試験の前日に実家のある名古屋へ帰りました。数学は証明できないと論文にはならない。そんな苦しさやプレッシャーに耐えられるだろうかと悩んでしまった。
――どうなりましたか。
京大の先生から「すぐ戻るよ…