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中島京子 お茶うけに

中島京子 お茶うけに

 「小さいおうち」で直木賞、「やさしい猫」で吉川英治文学賞などを受賞した小説家の中島京子さんが、日々の暮らしのなかで感じるさまざまなことをつづる連載エッセーです。

 柿の葉鮨(ずし)の季節がやってきた。

 庭の柿の木に葉が青々と茂り、それが成人男性の手のひらくらいまで大きくなると、季節到来である。

 我が家の柿の葉鮨は、明治生まれの祖母が谷崎潤一郎の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」を読んで作り始めたという由緒(?)あるものだが、時代を経てずいぶんレシピが変わったので、ここに、うちの作り方を書いておこうと思う。

 谷崎レシピでは、まず米を炊くときに酒を入れる。一升につき一合の酒と書いてあるから、三合だったら、50~60ccくらいだろうか。けっこうな量だ。そして、蒸らした米をすっかり冷ましてから手に塩をつけて握る、とある。

 うちでは、お酒は入れず、昆布を入れてごはんを炊き、鮨酢を合わせて酢飯にしている。鮨酢は市販のものを使う時もあるし、米酢に砂糖、塩を合わせて自分で作ることも多い。ふつうに、酢飯を作る要領で、うちわであおいで冷ましながら酢を混ぜる。

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画・谷山彩子

 鮭(さけ)も、谷崎レシピから大きく変更した。文豪レシピの肝は、新巻鮭(あらまきざけ)を使うことなのだ。我が家でも、長年、新巻鮭(伝統的な鮭の塩漬け)を使っていたのだが、生食用には作られていないので、アニサキスが潜んでいる危険がある。そこで、もうずいぶん前から、刺し身用の鮭を冊で買ってきて、塩を振って一晩寝かせ、塩締め鮭を自作している。調理用の吸水シートでしっかり水分を取れば、すこしねっとりした食感の、おいしい塩締めができあがる。

 庭から柿の葉っぱを取ってきて、流水でよく洗ってから一枚、一枚、ていねいに水けをふき取ったものがあれば、準備は完了だ。

 もうすっかり味のついている…

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