ジャーナリストの池上彰さんはこの夏、名古屋テレビ放送(メ~テレ)の番組ロケで、不発弾の発見現場など今も残る名古屋空襲の爪痕を訪ねた。戦後80年を迎え、池上さんは現場で「気づき、知っていく」ことの大切さを感じたという。その思いを聞いた。
――名古屋市内では昨年から今年にかけ、不発弾が相次いで発見されました。現場で何を感じましたか
戦後80年が経っても、再開発などにより、不発弾があちこちで見つかっています。名古屋も一見、平和な街に見えますが、実はそういうものが地中に眠っている。不発弾をきっかけに「名古屋が空襲に遭って大勢の人が亡くなったんだ」ということを思い起こしてほしいと思います。
――名古屋空襲で被害を受けた陸軍造兵廠(しょう)の外塀が保存されている千種公園も訪れました
名古屋は兵器工場がそこら中にあって、戦闘機のエンジンなどを作っていて、名古屋自体が一大軍需工場でもあったわけです。民間人にとっては空襲で一方的に被害を受けたという思いもあるかもしれませんが、武器を作っていたから狙われた、ということを改めて考える必要があると思います。そしてそれは戦争のために作られていたという、日本の加害者としての位置づけというのは、知っておかなければいけないことだなと思います。
――名古屋市役所には、空襲に備えて壁に迷彩塗装を施していた痕跡も残っていました
普通に生活していると全然分からないですよね。市役所の壁が黒ずんでいるのも普通に見ていると、単に雨風にさらされて汚れているなと思うけど、実はそうではないと知ることによって、日本は戦争していたということを思い出すんだということですよね。あちこちに実はそういうものが残っているんだということに気づく、知っていくということが戦後80年の今こそ求められているのかなと思います。
悲惨な戦争を経験した人たちの叫び、思いがあったからこそ、「戦後」でありえた訳です。後になってから戦前だったね、と言われないようにするために戦争を体験した人たちの声、体験をどうやって私たちが受け継ぎ、次の世代に伝えていくのか、それが私たちの大きな責任だと思うのです。
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池上さんが元SKE48の須田亜香里さんやタレントの寺田心さんらと戦争のない未来について考える特別番組「池上彰と考える!戦後80年~戦争のない未来のために~」は15日午後1時45分から、メ~テレ(放送は愛知、岐阜、三重のみ)で放送される。放送後はTVer(https://tver.jp/episodes/epm3zdhxob)やLocipo(https://locipo.jp/creative/5147ab96-cc06-4f06-883f-a046d147856c
)での見逃し配信もある。