(14日、第107回全国高校野球選手権大会2回戦 横浜5―1綾羽)
4点リードの九回裏2死、横浜のエース・奥村頼人(3年)が今大会で初めてマウンドに立った。「久しぶりの実戦。少しナイーブな気持ちだった」。それでも、6球すべて直球で押し切り、中飛に打ち取った。
滋賀県彦根市出身で、名門の横浜高校で勝負したいと、故郷を離れた。この日対戦したのは滋賀代表の綾羽。中野銀河(2年)とは小学生時代にバッテリーを組んでいた。互いの家に泊まったこともある仲良しだが、「神奈川代表として来ているので、個人的な思いは抱かずのぞんだ」と冷静だった。
奥村頼は「甲子園に宿題を忘れてきた」と話したことがある。今春の選抜大会の決勝で、途中で交代し優勝投手になれなかったことだ。最後のマウンドを任されなかった悔しさを忘れることなく、神奈川大会を勝ち抜き、甲子園に帰ってきた。
優勝投手とは「その時に一番ふさわしい投手がなるもの」。チームの優勝を追い求めた人物が、その時のマウンドを託されると思っている。
だから、神奈川大会で後輩の織田翔希(2年)が最多の投球回を投げて、自身の登板機会が少なくても、守備や打撃でチームに貢献してきた。
甲子園の初戦では左翼からの好返球でチームを救い、この日も4番としてチーム初ヒットを放った。「全力で守備やバッティングをすることが、良いピッチングにつながる」
チームへの貢献を追い求めた先に、忘れ物が見つかると信じている。
横浜高校のアルプススタンドでは、奥村頼人の母、いつ子さん(47)が、息子の活躍を真剣なまなざしで見守っていた。
3年前、息子から「横浜で勝負をさせてほしい」と告げられた。自分で決めたことを責任をもってやり遂げるのが家庭の方針だった。引き留めたい思いはあったが、「頼人が覚悟している」と、息子の選択を受け入れた。
「帰ってこないつもりでいきなさい」と発破をかけた。もちろん本音ではないけど、甘い世界ではないことを伝えたかった。
あれから3年。憧れの球場でプレーする息子は、自分のプレーにまだ納得していないように感じる。「自分で決めて3年間続けて、苦労したと思う。勝った負けたではなく、後悔しないようにやり遂げてほしい」