(世界陸上東京大会、18日)
女子5000メートルの山本有真(積水化学)は予選前日の17日夜、同じ組を走る田中希実(ニューバランス)に言った。
「もし作って欲しいペースがあったら言ってください」
自国開催の世界陸上という大舞台。なのに、自分のプランではなく田中の考えを聞いたのだ。
「私がこの場に立てたのは、田中さんのおかげなので」
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山本は今季、田中がペースメーカーを務めたレースで、その背中を追って自己新記録を出した。
世界ランキングを上げるポイントを稼ぎ、世界陸上の切符をつかんだ。その恩があったという。
「田中さんに予選を通過して欲しいと、心から思っていた」
1学年上の田中からは「もしできるなら(400メートルを)72秒ぐらいで6周半押して欲しい」と伝えられた。スローペースになれば、ラスト勝負で日本勢は苦しい。少しでも集団のペースを上げる狙いだ。
山本にとっても、そのペースを貫けば自己記録を狙える。2人の意思は合致した。
山本は予定通りに引っ張った。田中は真後ろにつき、残り6周でロングスパートをしかけて5着で予選を通過した。
スパートについていけなかった山本は18着で敗退。それでも、レース後はすがすがしい表情だった。
「田中さんに『2人で作ったレースだよ』と言ってもらえてうれしかった」
山本は昨夏のパリ五輪、そして今大会でも予選で先頭を走った。が、決勝には遠く及ばなかった。自己記録は15分台。今のままでは世界に通用しない自覚がある。
「来年は初めての海外合宿や海外転戦をして、14分台を出す取り組みをしたい」
追いかけ続けた田中の背中を、いつか越えるために。