広島の被爆2世で、著書「なぜ原爆が悪ではないのか:アメリカの核意識」がある米デュポール大学倫理学教授の宮本ゆきさんは、映画「オッペンハイマー」について「被害が可視化されていない」と指摘。人物の描き方についても「時代に逆行しているのでは」と語ります。
映画「オッペンハイマー」は何を描き、何を描かなかったのか。オッペンハイマーにゆかりのある米国人や在米日本人に聞いたインタビューシリーズの5回目です。
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――映画「オッペンハイマー」の印象を聞かせてください。
結局、映画が虐殺兵器を作った話だっていうことがよく分からないままに終わっていると思いました。オッペンハイマーという人自身に人間性を与えることが決して悪いとは思わないですけれども、なぜ虐殺加害者の人間性の方が先に、こんなに大々的に取り上げられるのかなっていう思いはありますよね。
――なぜそういうことになっているのでしょうか。
科学者が巨大プロジェクトを牽引(けんいん)し、虐殺兵器を作った。そういう人の話を受け入れてしまうのには、学者だからとか、天才だからっていう属性に従って許す価値観があると思います。米国に限って言うと、そういう価値観の上に、当時の日本が敵だったっていうのもあるし、核抑止論も根強く、被害が教えられずに可視化されていない。そういうことが色々重なっているかなと思います。
――米国の原爆の語りでは、旧日本軍のやったことと米国の原爆を相殺するパターンがあると思うんです。広島・長崎の被爆者が米国に行って「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ」と訴えると、「リメンバー・パールハーバー」と返される時代がありました。今回の映画「オッペンハイマー」には、それが出てこなかった。
多分、映画に(広島・長崎の…