昇級の歓喜、降級の屈辱、残留の安堵(あんど)、停滞の悔恨――。順位戦は感情の交差する舞台である。王位3期、A級在位10期を誇る深浦康市九段(52)は今年3月、第82期B級2組順位戦の最終戦で敗れて昇級を逸した。積み上げてきたものが瓦解(がかい)した夜、どのように己と向き合ったのか。そして原点について。家族への思いについて。12日、再出発となる第83期の初戦を前にインタビューをした。
苦くて長い夜だった。
深浦康市は絶望的な盤上を見つめながら起死回生の一手を探していた。
どれだけ探し求めても発見することはできなかった。
時々うなだれて、再び局面を見つめる。
回避不能な現実が広がっている。
でも、もう少し苦しもうと思った。
記録係は一分将棋の秒読みを始める。
60秒間の格闘は長く続いた。
デビューから33年。
耐え忍び、活路を探し続けることは深浦を深浦で在り続けさせる力だった。
わずか三つの昇級枠を28人で奪い合った第82期B級2組順位戦。
2023年6月の開幕から深浦は白星を重ねた。
7勝1敗の首位タイに立って残り2戦。
勝っていればB級1組への復帰が確定した9回戦で丸山忠久九段に敗れる。
そして最終10回戦。佐々木慎(まこと)七段戦を迎えた。
24年3月6日、東京・将棋会館。
勝てば昇級し、敗れれば切符を失う一局だった。
居飛車穴熊の堅陣を敷いた対三間飛車戦。
果敢に仕掛けていったが、攻めは空転し継続を図れない。
冬の空が暗くなり始めた時間帯には敗勢に陥っていた。
気付けば、もう粘るしかなくなっていた。
昇級を目指した一年、昇級を目指した一局の結末としてはあまりに苦しい4時間に耐えながら戦った。
午後11時12分、投了を告げる。
盤上の駒を片付けて一礼した後、感想戦はなかった。
将棋会館を出て家路を急いだ。
日付が変わる頃、自宅にたど…