【連載】音を翼に~佐治薫子とジュニアオーケストラ(1)
練習が終わったあと、帰るふりをしてコッソリ引き返した。何をどうすれば、あんな音を子供たちから引き出せるのか。あの人が使う「魔法」の秘密を知りたかった。
2003年、東京芸大を卒業して2年。まだ駆けだしの指揮者だった山田和樹さん(45)に、千葉県少年少女オーケストラというジュニアオケの客演の仕事が舞い込んだ。
名前は聞いたことがある。確か、井上道義さん(77)がよく振っているオケだ。ヨーロッパツアーもやったらしい。子供なのにすごいよなあ――。
この頃の山田さんは、オーケストラとコミュニケーションをとることの難しさに直面していた。大学で専門的に学んだからといって、現場ですぐに奏者たちの心を束ね、牽引(けんいん)できるわけじゃない。現実は厳しかった。
そんな暗中模索の日々のさなか、子供たちの前に立って、驚いた。
音を出すということに対し、ひとりひとりが実に高い意識を持っていた。全体の響きに奉仕するというよりも、自分にできる限りの美しい音を、誰もが自主的に、懸命に追い求めている。
演奏中、思いつきで好きなことをやり始め、怒られている子もいる。ここまで自発性と能動性に富むオーケストラには、かつて出会ったことがなかった。
「自由というものの本質を、思いがけず子供たちに教えられました」
しかし、一番の衝撃は、その指導者だった。
世界で活躍する指揮者の山田和樹さんは約20年前、「千葉県少年少女オーケストラ」の指導者に出会い、大きな影響を受けたといいます。どんな指導者だったのでしょうか。
小柄でおしゃべり。年のころは自分の祖母くらいだろうか。まったく普通の人に見える。専門的な教育は受けていないと、当の本人も言っている。
この人のどこに一体、ここまでのオーケストラをつくる力があるんだろう。山田さんはひとり、内緒で「観察」を始めた。
コッソリのぞき見ている山田さんの前で、その人はやはり、子供たちとずっとおしゃべりしていた。耳を澄ませても、音楽とは何の関係もない世間話ばかり。しばらくその様子を眺めていて、山田さんははっと気付いた。
この人は相手を子供と思わず…