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言論サイト「Re:Ron」のイベント「リロンカフェ 『能力社会』をあるく」で語る、組織開発コンサルタントの勅使川原真衣さん(左)と僧侶の松本紹圭さん=2月18日、朝日新聞東京本社、寺崎省子撮影

 「AI(人工知能)時代に打ち勝つためのリスキリング(学び直し)」「転職にも生かせるスキルを」。そんなかけ声の下、働きながら学ぶ人が目立つようになりました。でも、日本のリスキリング、先行する米国とは違う意味合いになっていませんか。読者イベントを通して考えました。(藤えりか)

 今、仕事をしながら学んでいる人はどれくらいいますか――。

 朝日新聞の言論サイト「Re:Ron(リロン)」が2月下旬に東京で開いた、「リスキリング」をテーマにしたイベント「リロンカフェ 『能力社会』をあるく」で、進行した筆者が参加者に尋ねると、多くが手を挙げた。

 その一人の男性が「会社から資格取得が奨励されています。やるかどうかは本人の判断ということになっていますが、昇格審査には影響しますね」と語った。

 登壇した組織開発コンサルタントの勅使川原真衣さん(42)は「そうすると、やらないわけにはいかなくなりますよね」と応じ、次のように話した。

リスキリング、日本では「個人に強いるもの」に

 「リスキリングは米国では、社員が別の業務をできるようになるため、会社として、業務時間中に新しいスキルを身につけてもらうものです。日本では、会社が提供せず、『価値ある労働者でいるためには頑張り続けないといけない』と個人に強いるものにすり替わっています。深夜や週末にみなさんが頑張って、潤うのはオンライン講座や資格試験(の主催者)ではないでしょうか」

 30代くらいの男性からは「仕事は幸せの手段に過ぎないのに、なぜ、体を壊すまで働き、それを周りに強要する人がいるのでしょうか。一心不乱に仕事と勉強に打ち込む姿は修行のようです」という声が上がった。

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言論サイト「Re:Ron」のイベント「リロンカフェ 『能力社会』をあるく」には多くの人が参加し、意見を交わした=2月18日、朝日新聞東京本社、寺崎省子撮影

 勅使川原さんは言った。「生存者バイアスみたいな話ですよね。東京・丸の内などの書店でも努力本が平積みされています。書いた人は『自分にはこの力があったからここまで来た』と思い、(読む人は)『あれがないとダメなのか。だから自分は今こういう状態なのか』と刷り込まれていく」

 ともに登壇した僧侶の松本紹圭(しょうけい)さん(45)は、産業医ならぬ「産業僧」として様々な企業で社員や経営者と対話を重ねる経験からこう語った。「経営者も人事の人たちも『人をどう開発し、どう評価していくのか』について悩んでいます。人事も最終的には経営層に評価してもらわなければなりません。評価の連鎖がすごくいびつに回り、一体誰のため何のためにやっているのかよくわからなくなっていきがちな印象があります」

 一方、別の男性から、こんな意見も上がった。「変化の激しい今、会社にいつ見限られるかわからないので、自分が会社をいつでも見限ることができる能力をつけるため、日々スキルアップに励んでいます。競争のプレーヤーと化していると認識しつつ、まずは自分が生き延びないと何もできない」

 勅使川原さんは「誰が潤い、誰が責任を問われずに済むよう社会ができているかを知ったうえで、ゲームとして乗り越えていける体力があれば、いいんじゃないかと思います」としたうえで、こう語った。「『今できる』という状態は、変化していく。私は病気になってから、できる範囲がすごく変わりました」。勅使川原さんは2020年から、進行がんの闘病中だ。

 さらに、参加者に向けてこう強調した。「能力主義にはからくりがある、と知っておくことが重要。分かりやすい能力が評価されてしまう世の中なんだ、と一度引いて考えてみることが必要だと思っています」

勅使川原真衣さんに聞く リスキリングとは

 ――日本版リスキリングへの違和感をかねて指摘していますね。

 「リスキリングは米国では1…

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