夜の11時、京都市内のマンションの一室。小学生の2人の子どもが眠った後、佐々木和歌子さん(51)はリビングの机に向かう。
京都市内の広告会社で働く会社員だ。仕事と家事を終えた深夜、訳者として古典文学の現代語訳に取りかかる。
「『早く原稿に取りかかりたいから、寝ておくれ』と子どもたちを毎晩寝かしつけながら訳を進めています」
4年かけて現代語に訳した「枕草子」を、3月に光文社古典新訳文庫から出版した。訳者として携わった書籍はこれで2冊目。古典の現代語訳者は大学の研究者などが多い中で、一般企業に勤めながらの訳者は、異色の存在だ。
「春は、あけぼの。少しずつ白んでくる山の稜線(りょうせん)がすこし赤らんで、ほの紫の雲が細くたなびいていたりしたら、もう」
大切にしたのは、読みやすさ。古典の楽しさや美しさを少しでも伝えたい。まるで清少納言がSNSでつぶやいているみたい、と感想がとどく。大河ドラマ「光る君へ」の影響もあってか、本は重版もかかった。
小学生のとき、教科書の副読本で読んだ平安時代に魅了された。暇な時間には、十二単(ひとえ)を着た女官の絵を描いた。
10歳のときに父親が亡くなり、奨学金や授業料免除を受けながら進学。地元・青森の国立大学で日本古典を学んだ。
ただ、東大大学院に進むと、研究者になることへの現実味を感じられなくなった。周囲の学生は都内に実家があり、比較的裕福な家庭の出身者が多かった。「そうではない自分がこれ以上、続けるのは無理かもしれない」
博士課程には進まず、「古典とさよなら」するつもりで、JR系列の広告会社に入社した。
だが、思わぬ展開になる。
入社後、会社が首都圏で年に…