こみ上げてきたのは喜びより安堵感だった。
小山怜央四段(31)は7月15日、NHK杯将棋トーナメントで勝利した。
アマチュアから棋士編入試験を突破してプロになり、1年3カ月。この勝利で、フリークラスを脱し、来年度から順位戦に参加することが決まった。
順位戦は名人位につながる棋士のリーグ戦。フリークラスの棋士は順位戦には参加せず、成績によっては引退がありうる。
「引退が常にちらつき、とても長く感じました」
この日の勝利で、直近30局の成績が20勝10敗(勝率6割6分7厘)となり、順位戦に昇級する6割5分の基準をクリアした。
プロ入り後32局目での昇級で、局数としては最短に近い形での突破だが、デビュー後に苦しんだ。
2023年5月の初戦を白星で飾ったが、その後2連敗。6~7月には3連敗した。各棋戦の予選敗退が続いたため対局数が減り、9月にはまったく対局がなかった。対局間隔がモチベーションの維持にも影響したという。結局、23年は7勝7敗と五分の星で終えた。
巻き返しは24年に入って始まった。
1~3月に8連勝。4勝がNHK杯での勝利で、一つの棋戦に白星が集まり突破口が開けた。
昇級がかかった一局は、何日も前からドキドキして迎えた。
節目の一局であるというだけでなく、対局相手が、谷川浩司十七世名人(62)だったからだ。
21歳で名人を獲得し、数々のタイトル戦で活躍した棋士。小学生で将棋を始めたころ、「将棋といえば谷川先生」という印象が強かった。偉大な棋士と順位戦昇級がかかった大一番で対戦することに、身が引き締まったという。
岩手県釜石市出身の小山四段は11年、東日本大震災の津波で自宅を失った。高校3年生だったそのころの、特別な記憶も重なった。
震災の年の11月、谷川十七世名人が将棋イベントの一環で釜石市を訪れた。当時A級棋士。小山四段は指導対局を受ける機会に恵まれた。
「トップの先生と指す貴重な…