兵庫県川西市のカフェ。取材中の私は、同じ言葉を繰り返した。「本当にこんな出会いってあるんですか」
向かいに座った同市のバス運転手、辻賢司さん(61)は、うれしそうにうなずく。「20年ちょっとバス運転手をやってきたんですが、奇跡みたいで驚いているんですよ」
テーブルの上には、バスの絵と可愛い文字が並ぶ手紙。送り主は大阪府豊能町の小学2年の宮田采(つかさ)君(7)だ。
2022年11月までの約3年間、バス好きな采君は、幼稚園の送迎バスを待つ歩道で、通り過ぎる別のバスの運転手である辻さんに手を振り続けた。辻さんも応え続けた。
でも、采君の卒園を待たずして辻さんはこのバスの運転手をやめることに。それを知った采君が送った手紙を辻さんは「宝物」にしている。
昨冬、辻さんが読者投稿でその存在を教えてくれて、取材を始めた。
毎朝の車窓越しの一瞬のやりとり。50歳以上離れた2人の友情。何げない日常って、いいな。そう思った。
これは、心に残る手紙や大切な手紙を訪ねて紹介する企画「想(おも)いをつづって」の記事の一つ。昨夏から同僚記者らと取材を続け、いまも20本以上を朝日新聞デジタルで読むことができる。
- 「バスおじちゃん」にできた小さな友 もう会えない君から届いた奇跡
「『きみと死のうと思ったんだ』 娘へのラブレター、あの日の告白に涙」、「ねぇ、どうして嫌いになったの 50年捨てられない手紙、今日も私は」。こんな見出しでわかるように、手紙をめぐる喜怒哀楽を取材している。
手紙には書いた人、受け取った人、がいる。送った側は「あの手紙どうだった?」とは聞けないもの。でも、取材を重ねると、思わぬ後日談が聞けることもあって興味深い。
さて、辻さんと采君にも後日談が。取材がきっかけで、ひさしぶりに会った2人。その後、再び手紙が届いた、と辻さんが知らせてくれた。
《バスおじちゃんへ またいつか あいたいです》
私もまた、手紙をめぐる物語に会いに行きたい。(大蔦幸)
- 連載「想いをつづって」はこちらから
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おおつた・さち 2022年からネットワーク報道本部。ほっこりした話題や面白い人を探すのが好き。趣味は絵本集め。