目の前の光景が信じられなかった。
スーパーのすぐそばに整然と並んでいた仮設住宅が、茶色い水につかっている。
1週間前のきょう、21日に石川県内で発生した線状降水帯は、能登半島地震で大きな被害を受けた能登北部に記録的な大雨を降らせた。
川沿いにプレハブの仮設住宅142戸が並ぶ輪島市の「宅田町第2団地」では、茶色く濁った水が、扉の半分ほどの高さに達していた。
聞こえるのは、雨の音だけ。住民の気配はなかった。扉が開いたままの部屋の中に、干した洗濯物に泥がついている様子が見えた。
敷地内に止められた車は車体のほとんどが水に沈み、中にはワイパーが動いている車、ライトがついたままの車、トランクが開いたままの車もあった。
直前まで人が乗っていたのか。
それとも、車で逃げようとしたのか。
全員がきちんと逃げられたのだろうか。
警察官や消防隊員が泥水につかりながら仮設住宅の部屋に一つずつ近づき、逃げ遅れた人がいないか確認していた。
元日の地震で家を失い、何カ月もの避難生活を経て、ようやく少し落ち着ける場所が、この仮設住宅だったはずなのに。
車が泥にはまって動けなくなり、徒歩で取材していた私も、強い風雨で全身ずぶぬれだった。
体が震えるのは寒さのせいなのか、怒りなのか、悔しさなのか。自分でもよくわからなかった。
携帯電話の通信状況が悪く、金沢総局のデスクに現状を伝える途中で、何度も通話が切れた。とにかく大急ぎで、見たままの光景を原稿にまとめた。
原稿を送り終えると、スマートフォンに大量のメールが同僚たちから届いているのに気づいた。
「能登町で行方不明情報」
「輪島市町野町でがけ崩れ、自宅生き埋め」
「工事現場で4人不明」
「停電」「孤立」「救助要請多数」
各地で大きな被害が出ていた。
水に沈んだあの仮設住宅の人たちは、道路を渡った先にある市立輪島病院に避難しているらしい。そんな情報を耳にして訪ねると、疲れ切った様子の人たちが何十人もロビーにいた。
雨で途方もなくぬれたのだろう。病院で提供されたのか、皆が同じオレンジ色のタオルを持っていた。
緑色のジャンパーを着た夫妻が、話を聞かせてくれた。
夫は邑田(むらた)直(なおし)さん(69)。激しい雨で度々屋外をのぞいて気にしていたはずなのに、気づいたときには仮設住宅の建物と建物の間が茶色い水であふれ、川のようになっていたという。
邑田さんは腰が悪く、妻(67)が妻の母(97)をおんぶし、近くのスーパーまで水につかりながら歩いた。
スーパーの若い男性店員2人が妻の母を車いすに乗せて、輪島病院まで運んでくれた。おまけに、ぬれて寒かっただろうと自分たちの緑色のジャンパーを夫妻に着せてくれたのだという。
邑田さん夫妻は、今夜どこで寝ることになるのか、全くわからないという。それでも、口にするのはスーパーの親切な店員や受け入れてくれた病院への感謝の言葉ばかりだった。
仮設住宅の人たちは、その後
25日朝、すっかり水が引いた宅田町第2団地を再訪した。
あの日の雨がうそのような秋…