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蹴さんのキセキ【後編】

写真・図版
北海道に向かうフェリーのデッキではしゃぐ岸辺蹴さん=2019年8月、家族提供

 2017年夏に小児がんの神経芽腫が再発した川崎市多摩区の小学3年生、岸部蹴(しゅう)さんは国立成育医療研究センターで抗がん剤治療と放射線療法を続けた。2回目となる大量化学療法と造血幹細胞移植も受けた。

 ただ前回と違い、抗がん剤は比較的弱いものを中心にしていた。強い薬を使い続けると、副作用で治療を続けることが難しくなるため、薬の種類を変えながらゆっくり抑えていく方針だった。

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 海外で標準治療薬となっていた「ジヌツキシマブ」は、まだ日本で承認されず、治療の選択肢にならなかった。

 退院時には小学校に通うことができた。所属する強豪サッカーチームの練習や試合にも参加したが、かつてのようなプレーはできなくなった。

 再発から約2年後の5年生の夏休み、「キャンピングカーに乗ってみたい」という蹴さんの希望に応え、車を借りて家族で1週間ほど北海道旅行をした。

 フェリーでは、蹴さんは強風にさらされるデッキに出て「帽子が飛ばされる」とはしゃいだ。知床では、オホーツク海に沈む夕日を「きれい、きれい」と言って眺めた。

 6年生の20年9月、足にまひが出始め、自力では歩けなくなった。肺への転移も見つかった。抗がん剤や放射線でがん細胞を抑えるのが難しくなってきていた。

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