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アナザーノート 伊藤裕香子編集委員

 QRコードを世に送り出したトヨタグループの技術者たち。誕生から30年の思いを知る。

 「世界中で信頼されて決済などに使われて、本当に感慨深い。ただ、多くの人の生活に影響して、ちょっと怖いところも」

 「いつも不安です、いつも。もしかして読めないことがあるのでは、読めないためにだれかが困っていないかと思うと」

 「『読めない』とクレームが入る可能性をずっと気にして、引きずっていました。30年出てこなかったのは奇跡に近い。自分の責任範囲は達成したので、もう手離れはしましたが」

 QRコードは1992年、車部品大手の日本電装(現デンソー)が開発を始めた。工程の状況や部品の情報をバーコードから読み込んでいた工場内での作業を、「もっと効率よくしたい」との思いが原点にある。

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 横方向しか情報を持たない1次元のバーコードと比べて、2次元コードは縦横2方向に多くの情報を持たせられる。これをより小さいスペースに納め、瞬時に読み取り、確実で間違えない。四つの高機能をいっぺんに盛り込み、米国で先に実用化されていた2次元コードとの差別化を図った。

 2年かけて完成させると、さまざまな業界団体に標準規格にしてほしいと働きかけた。仕様を公開し、基本特許を無償で開放した。企業や団体はそれぞれ自由に、使い道を考えていく。

 2000年代、カメラ付き携帯電話の普及が大きな転換点となる。スマホという「読み取り機」をだれもが持ち歩く時代へと進み、ネットにつながる入り口はもちろん、紙の搭乗券や入場券、現金に代わる役割も任される。コードの生成アプリや家庭用プリンターが広がって、簡単につくれるようにもなった。

 世界でどれほど、つくったり読み取ったりしているのか。特許証の「発明者」5人の最初に名前がある原昌宏さん(67)=1枚目の写真左=も「わからない」と言う。

 「いろんな人が利用方法を考えて、私の手の届かないところへ行ってしまいました。想像では1日何百億回と思いますが、もう天文学的な数字では」

 30年たってもその座を譲ることなく、ますます「天文学的」に使われていく。そんな情報の基幹インフラに万が一、不具合や何かが起きて「当たり前になった便利」が崩れると、社会全体へ与える影響は計り知れない。「怖い」「不安」の言葉には、発明者が抱き続ける責任感や矜持(きょうじ)がにじむ。

「世界初」の読み取り機は33万円

 特許を出願した半年後の94年9月26日、「QRコード」の名前が発表された。しかし、翌日の朝日新聞にそのニュースは載らなかった。

 96年8月の短い記事に、名…

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