開幕まで半年を切った大阪・関西万博。熱烈な万博ファンを自任するシンガー・ソングライターの嘉門タツオさんは、万博の魅力や盛り上がりをどう見ているのか。いくつものヒット曲を生み出してきた嘉門さんに集客のヒントも聞いた。
――1970年の大阪万博(大阪府吹田市)の時には、隣接する茨木市の小学6年生で、21回見に行ったそうですね。子供心に、万博の何がそんなに魅力的だったのですか。
まず何より、会場にあふれていた未来都市のイメージです。見たことのないデザインの建築物や、未来を具現化してくれたワイヤレス電話などの展示物は今でも覚えています。その場にいるだけで心が高揚しました。
同時に、それまで知らなかった外国との交流も魅力でした。各国のパビリオンでは、民族土着のデザインが見られましたし、肌や目の色が異なる人たちとも交流できました。学校の友達の間では、会場で一般の外国人のサインを集めるのがはやりました。地中海のキプロスの人からサインをもらった後、地図で調べて初めて国名や位置を知った思い出があります。
――それにしても、21回の訪問は多すぎませんか。
36回見に行った同級生もいましたよ。ただ、私も最後の10回ほどは、展示を見に行くというよりは、各パビリオンを回って無料のバッジを集めるのを目的にしていました。コインなどの記念品を受け取れるゲームを置いていた企業のパビリオンも人気で、「タダで何かをもらえる」というのは、子どもが引きつけられた大きな要素の一つだったのだと思います。
――40歳代後半で迎えた2005年の愛知万博で、「やっぱり万博のムードは楽しい」と語っていました。成人後に改めて感じた魅力とは何ですか。
会場で出会う人みんなが友好…