子どもたちは将来、大丈夫なのか? 京都大教育学研究科教授の明和政子さん(54)の研究テーマは「脳とこころ」。最近では、幼児期の気質や母親の育児ストレスが腸内細菌の構成と関係するという論文を発表するなど、文理が融合した総合知の研究の最先端を行く。「人間とは何か」という壮大なテーマに、経験に裏打ちされた独自のアプローチで挑んでいる。
――研究の原点は何ですか?
もともとはヒトの命の始まりに関心があり、医学の道を志しました。でもヒトの始まりは体もあるが、こころもある。こころを医学で学べるのかと疑問に思い、教育学部を再受験しました。この当時、河合隼雄先生らがすでに活躍していて、臨床心理学のアプローチで、こころを支援したり治したりできるのではないかと思ったんです。
――そこで大きな出会いがあったのですね。
■恩師にかけられた言葉
障害者教育のパイオニアとして知られる田中昌人先生(故人)の指導を受けました。今では考えられないですが、先生はほとんど大学に来ず、乳幼児健診とか養護施設など毎日現場に行っていた。最初にこう言われました。「君は本ばかり読んでいるけど本物の発達って知らないでしょ。人間という存在を理解したいなら2千人の子どもに会いなさい」と。現場に連れていってもらい、200人を超えた頃から先生が言っていたことの意味合いがわかるようになりました。多様性と言うのは簡単だけど、それを真に理解していなかったと気づきました。生物としてのヒトを研究する上で非常に大きい経験でした。
――今の研究につながりますね。
一方でこの研究の進め方に限界も感じました。「人間とは何か」というテーマには、やはり自然科学のアプローチも必要だと。田中先生に相談したら、霊長類研究所(現・ヒト行動進化研究センター)に行くことになりました。
――教育学部の学生が霊長類の研究とは意外です。
むしろ、すとーんと落ちました。(チンパンジーの)アイに初めてあったとき、じっと私の目を見て手を出してきました。こころがふっと溶け込むような、わかってもらえたようなそんな瞬間でした。これが言葉なきこころの通い合いだな、と。20歳の時の今でも忘れられない思い出、人生を決定的に方向づける出来事でした。朝6時半にケージに行きチンパンジーの健康チェックをし、日中は研究をして、深夜まで様々な分野の仲間とひたすら語り合うという11年間を過ごしました。
――今はチンパンジーの研究をしていません。
私の妊娠・出産をきっかけに霊長類研を離れました。チンパンジーは、日々研究者と絆を築いていなければ、実験室にすら入ってくれない。チンパンジー研究をあきらめる決断をしました。
2年間、主婦をしました。そうなってよかったと思えない自分もいて、海外留学する仲間の活躍に葛藤しました。その時、滋賀県立大にいた先輩に「2千人の子どもに会う努力をしたら。チンパンジーだけが研究対象ではないでしょ」と言われ、ハッとしました。自身の子どもを育てる中で、チンパンジーとは全然違うなという発見があり、毎日びっしりとノートに書き留めていました。自分しかできない研究があるかもしれないと、33歳を過ぎてから研究職に復帰しました。
■目も見て話せない「子ども」たち
――ヒト、とりわけ子どもの研究が主体になっていくわけですね。
子どもというより、生物とし…