26歳の藤井春美は、結婚式を挙げるため、電車とバスを乗り継ぎ、教会に向かっていた。抱えた白い箱にはウェディングドレスが入っていた。
車窓からは倒壊したビルや焼け野原が見えた。
神戸市中央区にある教会に着くと、テニスサークルで知り合った6歳年上の飯田啓二が待っていた。教会の三角屋根は崩れ落ち、白い壁には太い亀裂が入っていた。
ステンドグラスから青と黄と白の光が差し込む聖堂で、神父が2人に語りかけた。
「破壊された神戸市の中で、お二人は生きる希望と力と愛を失いませんでした。未来に向かってその歩く姿は光であり、私たちの未来であることを忘れないでください」
30年前、突然の大地震で肉親や住まいを失いながら、懸命に生きた人々がいた。当時、朝日新聞記者の取材に応じた家族を再び訪ね、30年の歳月をたどった。
- 【当時の記事】がれきの街に教会残る 飯田さん一家の1995年
結婚式の1カ月前、阪神・淡路大震災が起きた。春美の実家は全壊。2人が新居にする予定だった啓二の実家は屋根から下がぺしゃんこになった。向かいの阪神高速神戸線は635メートルもの区間にわたって倒壊していた。啓二には犠牲になった親族もいた。
被災直後は挙式をあきらめて…