NHKの夏の甲子園中継スタッフは全国47都道府県の放送局からのべ200人が集結し、計17台のカメラで全試合を中継する。全体統括を担う大阪放送局の内田佑磨チーフプロデューサーが目指すのは、「アマチュアスポーツを尊重し、ふるさとの思いを伝える中継」だ。
プロ野球と違い高校野球の視聴者は、野球に精通した人だけではない。出身県、出身校、家族のふるさとなど、中継を見るきっかけは様々だ。
そのため試合中継だけでなく、応援団のアルプスリポートや、各地の放送局が制作する出場校のふるさと紹介など、「地元のつながり」を届けることを欠かさない。
放送中に大切にすることは、アマチュアスポーツへの尊重。球児のミスや審判のきわどい判定を映像でどう見せていくか。時には特定の人物にフォーカスしたスローやリプレーを流さない判断をするなど、試合に関わる人への配慮を心がけている。
中継では、選手の「地方大会成績」のテロップを初戦の全打席で必ず紹介する。甲子園だけではない、それぞれの地域で活躍したあかしを全国に伝えるためだ。
試合中の監督の采配をわかりやすく伝えるため、中継の解説者には社会人や大学野球の監督経験者らを招く。プレー評に加え、試合展開を予測する解説に重きを置く。「試合へのワクワク感」を増加させるのが狙いだ。
- 【動画あり】プロ入りの夢と、譲れない今と ひじを手術した甲子園V投手の1年
「誰もが楽しめる高校野球中継を」
近年の高校野球は、新規格のバット導入といったルール変更もあり、細かな技をとり入れるチームも増えた。昨年はクーリングタイムの10分間に「高校野球をもっとおもしろく」と題したコーナーを新設。試合のハイライトと共に、グラウンドで何が起きているのか、視聴者の「知りたい」にこたえた。今年も新コーナーを設ける予定という。
出場校を応援するふるさとの人や、球児らの思いを乗せて。「誰もが楽しめる高校野球中継を、この夏も届けます」
伊藤慶太アナ「足跡を一人でも多く伝えたい」
NHKの伊藤慶太アナウンサーは高校野球を実況して30年。夏の甲子園決勝のラジオ・テレビ実況を慶応―仙台育英など計4度務めているが、今も放送席に座れば初心に返る。野球そのものを届けながら、球児らが織りなすドラマをいかに伝えられるか、を実況で意識している。
秋田高時代に選抜大会へ出場し、甲子園の土を踏んだ。だからこそ伝え手として意識するのは、プロ野球とは違う、選手にとって二度とない試合である重みだ。
入社6年目の2002年に春の甲子園の実況を初担当。開始直後に投手が交代し、頭が真っ白になった経験がある。どんな想像を超えた試合になっても、勝負のポイントを見逃さず正確に伝えられるように、今も中継後に試合を振り返り、言葉の引き出しを増やすという。
伊藤アナが特にこだわるのは、「何を描写し、何を伝えるか」だ。
活躍できなかった選手や試合に敗れた選手が、どんな表情の変化を見せるのか。監督はベンチでいつもと違う動きをしていないか。プレー以外でも、実況席にいるからこそ見える小さな変化を見逃さず、ありのままを描写する。
見る人聞く人に様々なことを感じ取ってもらうためには、客観的に伝えることが何より大事なのだという。
先輩が約100年築き上げてきた「NHKの高校野球中継」。高校野球を取り巻く環境は変化こそすれ、選手の思いや努力は今も昔も変わらず、その魅力にひきつけられる視聴者やファンも変わらない。
「甲子園というすばらしい球場で過ごした時間は、選手の人生にとってどんな時間になるんだろうか」。甲子園で戦う球児たちを長年見て、そんなことを考えることもある。
「ひとりひとりの足跡を一つでも多く、放送で届けたい」。この夏の甲子園も、ラジオとテレビで実況する予定だ。
無人カメラも導入予定
NHKは今夏の甲子園中継で、選手の目線により近い映像を撮影する無人カメラを導入予定だ。今春の選抜大会から使われており、主にスロー映像として中継に組み込まれる。グラウンドに近い位置から、臨場感のある試合映像を届ける狙いだ。
カメラはバックスクリーン方向から投手・打者・捕手を画面いっぱいに大きく映す。通常、斜め後方から3者を捉える画角が主流だが、無人カメラは投手の真後ろに近い画角。選手により近い目線で撮影することで、試合の迫力をそのままに伝えられるという。