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 昨年ごろからでしょうか。NISA(少額投資非課税制度)を始める人が急増しました。これまでなんとなくタンス預金だった人たちも、「このままじゃいけない気がする」とざわつき始めました。

 今回は、注意欠如多動症(ADHD)がある人の、お金の管理を考えます。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 お金の話題は、避けた方が無難という風潮もあって、私たちの中には、お金に苦手意識を持つ人は少なくありません。さらに、老後のお金は足りるのだろうかと不安は強くなるばかり。

 私は日頃、ADHDの大人の方のカウンセリングをしていますが、お金への不安はかなり多くの方が持っています。数年前に、ADHDの診断を受けた方を対象にしたアンケートを行ったところ、「どのような支援を希望しますか?」という問いに、「金銭管理」「体重管理」「時間管理」を挙げた方が非常に多くいらっしゃいました。「管理」3兄弟です。

 ADHDの方々は、行動力はあって未来に向かって突き進まれますが、立ち止まって過去を振り返ったり、未来を注意深く予測して計画を立てたりする(管理)ことが苦手な方が多いのです。

 ADHDの主婦リョウさんの家庭もまたそうです。

車の買い替え、海外旅行…家計の管理は誰が

 リョウさんと夫は結婚前から、飲み歩き、家計簿もつけず、外食三昧(ざんまい)でした。預貯金はほとんどなく、赤字の月もざらでした。そういうふたりも結婚し、今や小学校高学年の娘もいるのですが、この家庭の問題点は誰も家計を管理していないことでした。

 リョウさんは、ワイドショーや友人からNISAの話を断片的に聞いて不安になっています。「家計簿もつけられない私なのに、そんなことできっこない」と青ざめています。

 この先娘がどんな進路を辿(たど)るのか、自分がどのような仕事をするのか不確定要素も多いので、何から決めていいかわからないのです。車の買い替えも迫っていますが、車検を通して乗り続けるのか、新しく購入するのか、いっそ手放してカーシェア生活を試してみるのかなど、選択肢を増やすだけ増やして、決めるのを先延ばしています。

 リョウさんの娘は、推し活に夢中で、発売と同時にグッズを買い漁(あさ)ってしまうので、いつも月の初めにはお小遣いがなくなってしまいます。欲しい!と思うと我慢がきかないのです。

 夫は突然、「今年の夏休みは海外旅行をしよう! 小学生のうちだけだよ!」と言い出しました。ヨーロッパに行くにはいったいいくらかかるのでしょう!

 こんなかんじなので、リョウさんと夫は通帳がいくつあって、全部でどのぐらいの資産があるのか、将来足りるのかどうかなど全くわかりません。

 研究でもADHDの方の金銭管理について、いろんなことがわかっています。

ADHDの経済的な意思決定の傾向

 Bangma (2019) の研究では、ADHDの大人は「金銭的意思決定」において、困難を抱えていることがわかりました。具体的には、ADHDの大人は、そうではない人より収入が少なく、借金が多く、貯蓄が少ない傾向にあったそうです。

 そして、お金を使うかどうか決める際の経済的意思決定スタイルには、以下の三つの傾向がありました。

1.衝動買いが多い。(例:リョウさんの娘は推し活グッズを買いすぎる)

2.お金に関する面倒な決断を先延ばしにすることが多い。(例:リョウさんはNISAなどのお金の流れを整えることを先延ばしている)

3.計画的ではなく、直感やその場の感情に基づいて即座に決定を下す傾向が強い。(例:リョウさんの夫は前からヨーロッパに行きたかったわけではない。たまたま同僚で高校生の子どもがいる人に助言されて、急に行こうとしている)

写真・図版
ADHDの人に多い、お金をどう使うかを決める際の三つの傾向=イラスト・中島美鈴

 まさにリョウさんの家で起こっていることですね。

 さて、こうした傾向の強い一家はどうしたらいいのでしょう。

まずは「見える化」

 リョウさん一家のような状態の人が、いきなり投資セミナーに参加するのは時期尚早です。結局「私たちの生活には1年でいくらかかるかわからない」「この先どんな出費があるか想像もつかない」「だから投資に回せるお金なんてあるのかな」という、わからないことだらけになるからです。

 不安が強いほど誰かに決めてもらいたい、任せたくなりますが、そういう隙を狙われて詐欺に遭う人もいますから、要注意です。

 ではどうするか。まずは「どんなプロに頼ったとしても、結局次のプロセスを歩む」ことを知っておくのです。

〈現状の見える化→キャッシュフロー作成→仕組み構築〉

▼現状の見える化

(毎月の支出と収入をざっくり把握。今持っている通帳はいくつ? 総資産はどのぐらい?)

▼キャッシュフロー作成

(人生の支出計画を洗い出す)

▼仕組み構築

(どの程度蓄えておけばいいのか、どの手段でいくのか仕組みを作る)←NISAはやっとここで検討すればいい

 リョウさん一家はまずは「見える化」からとりかかる必要がありますが、家計簿をつけるなんて絶対無理なので、ひとまずはクレジットカードをまとめる、通帳を探し出して忘れた暗証番号を窓口で作り直す、なんてことから地道にスタートです。

〈引用文献〉

 Bangma DF, Koerts J, Fuermaier ABM, Mette C, Zimmermann M, Toussaint AK, Tucha L, Tucha O. Financial decision-making in adults with ADHD. Neuropsychology. 2019 Nov;33(8):1065–77. doi:10.1037/neu0000571.

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 このコラムの筆者の新刊が出ました。「先延ばしグセ、やめられました!」(大和書房)

https://www.daiwashobo.co.jp/book/b10123675.html

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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