水上文の文化をクィアする
誰かが脇に追いやられる。そんな社会を、作品の読み解きを通じて問い直します。今年4月から始まった、批評家・文筆家の水上文さんによるコラムです。
クィアとは、現在では性的マイノリティーの総称としてしばしば用いられる言葉である。クィアの人々を描く作品は複数あるものの、メインに据えられ、しかも長きに渡ってその人生が描かれる作品は稀(まれ)だ。とりわけ中高年の物語はまだまだ不足している。
よしながふみによる漫画「きのう何食べた?」はその点、貴重な例外だ。2007年から連載を開始した同作は、先月最新刊(23巻)が発売された、17年に及ぶ長期作。几帳面(きちょうめん)で料理上手の弁護士の男性シロさんと、ロマンチストの一面もある明るい美容師の男性ケンジのゲイ・カップルの日常を描くお料理漫画だ。彼らとその周囲の人々の生活を「食」を通して描く物語は、現実の時の流れを共有している。連載開始時には43歳だったシロさんは、最新刊で還暦を迎えた。
もちろん、連載が長期化するにつれて登場人物が現実と同様に年を重ねる物語は数多(あまた)あるものの、クィアの人々にとって同作は特別な意味を持つ。人生のロールモデルとなり得る年長の人々と言えば、若い性的マジョリティーにとっては親や祖父母等だろうが、ほとんどの場合、クィアな人々の親や祖父母はクィアではない。また同性愛者の物語は恋愛に焦点を当てることが多く、ごく当たり前の日常が描かれづらい。だからこそ、ロマンスよりも日常に焦点を当て、中高年のクィアな人々が年を重ねていく同作は、身近にロールモデルを見つけることの困難なクィアにとって、類い稀な価値を持つ。
実際、年月を経ることで登場…