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 H2Aロケットとして最後となる50号機が29日未明に打ち上げられる。2001年の初号機打ち上げからほぼ四半世紀、応援してきた種子島(鹿児島県)の住民は、感謝と寂しさを胸に「ラストフライト」を見守る。

 種子島宇宙センターがある南種子町で「きょうごく写真屋」を営む京極義一さん(66)は、過去49回の打ち上げ全てをカメラに収めてきた。

 生まれも育ちも大阪。1986年に妻の故郷である種子島に移住した。きっかけはH2Aの前身、H2ロケットだ。デパートの壁面などに飾る大型写真などを製作する大阪市内の会社で働いていたが、義父から「島に来て、写真屋をやらないか」と誘われた。H2を打ち上げる射点などをつくる宇宙センターの大規模拡張工事が決まり、工事の進み具合を記録する施工写真を現像できる写真屋が足りないとのこと。迷ったが、挑戦することにした。

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H2Aロケットの写真を撮り続けてきた京極義一さん。モニター画面の写真は6号機=2025年6月27日、鹿児島県南種子町、佐々木凌撮影

 94年のH2初号機打ち上げの際、「自分が島に来たのはこのロケットのおかげ。これは撮らなあかん」と思い、超望遠レンズを購入して撮影。轟音(ごうおん)やロケット雲の美しさに魅了された。

 撮った写真を店で販売すると、ロケットや人工衛星の技術者などの関係者が記念に購入してくれるように。知り合いがどんどん増えていった。

 自信作は、2001年に島の展望公園から撮影したH2A初号機。迫力ある構図だったからか、宇宙センターの職員から「こっそり敷地内で撮りませんでした?」と疑われた。

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撮影したH2A初号機の写真を指さす京極義一さん=2025年6月27日、鹿児島県南種子町、佐々木凌撮影

 唯一の失敗となった6号機も印象深い。撮影場所は大雨で機体は肉眼では見えなかったが、音と光を頼りにシャッターを切ると、写っていた。他の号機に比べ、多く買われた。

 H2Aの後はH3の打ち上げが続くが、「今回で会えるのが最後になるかもしれない関係者もいて、寂しい。関わってきた大勢の人たちのためにも、無事に打ち上がってほしい」と祈る。

 50号機の打ち上げは29日午前1時33分3秒。真夜中だが、もちろん撮影する予定だ。お気に入りの場所から、H2A最後の雄姿を記録する。

記念焼酎に「感謝」の文字

 「宇宙に一番近い蔵」をうたう町内の上妻酒造では、打ち上げに合わせた記念焼酎をH2Aの25号機から販売している。スペースシャトルで運ばれて国際宇宙ステーションに滞在した後、地球に帰還したこうじと酵母を使用しているという。

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50号機打ち上げの記念焼酎を持つ上妻寛大さん。後ろに並ぶのは、これまでの記念焼酎=2025年6月27日、鹿児島県南種子町、佐々木凌撮影

 これまでは機体と搭載される…

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