Smiley face
一年の初めに立てた今年の目標、実現していますか?=イラスト・中島美鈴

 一年がもう、半分過ぎようとしています。こんな文章を目にすると、「え、そんなにたったの? 今年の目標、全然達成できてないよ」と焦ってしまいませんか? そして多くの方が「あーあ、目標達成できないのは、自分が怠け者だからだ」と自分を責めてしまいがちです。やがて目標そのものを「立てても無駄だ」と絶望してしまうかもしれません。

 今回は一年の半分が経過したときの「正しい振り返り方」をご紹介します。

 注意欠如・多動症(ADHD)の主婦リョウさん(仮名、40代女性)もまた、今年の初めに立てた目標がちっとも進んでいない一人です。

 今年の目標は盛大なものでした。遅くとも日付の変わる前には寝て、朝6時に起きる規則正しい生活を送ること。それから、運動習慣が全くなくて健康診断でも数値が引っかかりだしたので、週に2回のヨガを始めること。そして、ダイエットもしたいので、和食中心の健康メニューの習得でした。

 ずいぶん欲張りましたね。

 現実のリョウさんはというと、以前と同じように夜中の1時か2時に寝て、朝起きるのは7時半を過ぎることもあり遅刻スレスレの日々です。ヨガは一度もしませんでしたし、和食を食べるべき、野菜を両手いっぱいに食べなくちゃと思いながらも、帰宅途中の肉屋さんに立ち寄り、唐揚げやコロッケを購入する日々でした。

 リョウ「私ってほんと、意志が弱い人間だ」

 自分が情けなくなってきています。

自分を責めても何も解決しない

 リョウさんのこの自責モードは、これまでなんの生産的な改善策も生んできませんでした。ただただ、自己肯定感を落とすのみ。そもそも、数十年つきあってきた自分自身が、こんなにたくさんの目標を達成できる気なんて、していませんでした。だから実はたいして傷ついていません。

 しかし、今年はこれで終われない理由がありました。リョウさんはこの半年でさらに体重が3キロ増え、夜中に何度も目が覚め、疲れやすく、謎の体調不良も続いているのです。

 リョウ「去年の健康診断のときに血液検査の数値が悪かったのが、もっと悪化してるのかもしれない。そのうち倒れてしまうかもしれない」

 危機感を持たずにはいられない状況です。

 リョウ「今年こそ、どうにかせねば!」

 自分を鼓舞しようと「よし!」と言ってみたものの、リョウさんは睡眠も運動も、食事改善もできる気がしませんでした。

 リョウさんだけでなく、「習慣」とよばれるものが、いかに変え難く、その変化を維持するのが難しいかはみなさんもご存じでしょう。

 特に、英会話、ダイエット、健康的な食習慣、運動習慣、睡眠習慣などは、多くの人が挫折しやすいものの典型です。リョウさんの目標も見事にこれらに当てはまっていますね。

 番外編では、金銭管理、部屋の片付け習慣、予防歯科への通院なども継続しにくいものとして知られています。

 なぜでしょう。

 これらの課題はすべて「報酬遅延課題」だからです。

やる気継続のカギは「行動直後の60秒以内」

 報酬とは、私たちがその課題を達成するために成し遂げた努力の後に生じるよい結果のことを指します。一生懸命英語の勉強をした後に(努力の後に)、外国人と英語で話せて楽しい時間をもつことができれば、これは報酬ということになります。英語テストの点数があがることもそうです。私たちは努力に見合うだけの報酬がもらえたときに、やる気を継続することができます。

 しかし、この報酬のもらえるタイミングは非常に大切であることをこのコラムでもずっと書いてきました。心理学の分野では、この報酬は努力を支払った行動の直後60秒以内にもらえると、もっとも効果的に次の努力を引き出すことがわかっています。これを「学習」と呼んでいます。

 英語を少し勉強すると、60秒以内にペラペラ話せるようになったら、私たちは楽しくなって夢中で英語を勉強し続けることでしょう。しかし現実はそうはいきません。私たちは英語を小学校から大人になるまで習い続けるにもかかわらず、ペラペラ話せる人は一握りです。報酬が遅延するにもほどがあると思いませんか?

 同じ理屈で、ダイエットも中年以降は数週間の努力でも結果は微々たるもので、なんならその後のリバウンドで余計に太ることもしばしばです。健康的な食生活も運動も睡眠も、体にいいことは間違い無いのですが、60秒以内に血液検査の数値が変わるほど迅速な効果はありません。

 金銭管理はどうでしょう。多少無駄遣いしてもクレジットカードで支払ってしまえば、翌月までは無敵です。すぐに痛い目に遭わないのです。部屋の片付け習慣も同様に、ちょっとぐらい使ったはさみを元に戻さなくても、次に使う時まで困らないものですし、部屋が汚くても次の来客までは危機を迎えません。

 予防歯科への通院もそうです。多少歯磨きが雑でも、歯石取りにいかなくても、すぐに歯が抜けてしまったり、痛みに襲われたりすることはないのです。

 こうしてみると、報酬遅延課題は多いものですね。

 報酬が遅延しない例についても触れておきましょう。炎の中に飛び込めば、即座に熱いしやけどして大変なことになります。これは報酬が全く遅延しない課題ということになりますから、私たちは絶対そういうことをしません。

 反対に、ギャンブルは報酬が遅延しません。その場で大量のパチンコ玉が放出しますし、遅くともその日のうちには現金が手に入ります。のめり込んでしまうわけです。

 私たちの体にいい、将来にいいものはことごとく報酬遅延課題であることがおわかりいただけたでしょう。この「報酬が遅延するしくみ」こそが、私たちが戦うべき相手なのです。決して自分と戦ってはいけません。

 そして、このコラムでも繰り返しお伝えしているように、リョウさんのようにADHDがある人は、特にこの「報酬が遅延すること」への嫌悪感が強くなることが研究(※1)でわかっているのです。

 リョウ「そうね。そもそものしくみが違ったのね。でもどうやったらいいの」

 そうですよね。次回は、この「健康的な習慣」を形成するために報酬が遅延しないしくみの作り方をご紹介します。

引用文献

1. Aase H.,Sagvolden T.(2005). Moment-to-moment dynamics of ADHD behaviour. Behavioral and Brain Functions, 1(1), 12. doi: 10.1186/1744-9081-1-12

次回は6月7日に配信予定です。

    ◇…

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