Smiley face
写真・図版
最後の曲を歌い終えて号泣する高島芳倫さん=2025年6月8日午後5時10分、鹿児島県出水市、宮田富士男撮影
  • 写真・図版
  • 写真・図版

 取材を続けていた「まっちょ先生」が昨年末、亡くなった。

 「たかしまっちょ」こと高島芳倫(よしのり)さん。鹿児島の小学校教諭で、末期がんを抱えながら、子どもたちと最後まで向き合おうとしていた。52歳だった。

 最初に会ったのは昨年5月。鹿児島大ラグビー部でフォワードをしていた180センチ前後の堂々とした体格で、肌は血色よく、声にも張りがあった。

 このとき、すでに「抗がん剤がよく効いても2年」という余命を2カ月超えていた。膵臓(すいぞう)がんで手術をしたが、その後、がんの転移が見つかり末期のステージ4と診断されていたという。

 できる治療がなくなり、自宅で緩和ケアを受ける身だったが、そう言われなければ、がん患者には見えなかった。ただ、「自分は生かされている」という語り口に死への覚悟を感じた。

 高島さんはギターと歌が得意で、取材の翌6月には教え子やその保護者とともにライブを開いた。650人が集まり、サザンオールスターズの「希望の轍(わだち)」など3時間で15曲を演奏した。

 このライブは2回目で、700人が集まった3年前の「まっちょとゆかいな仲間たち 奇跡を起こすライブ」に続く「奇跡を座らせるライブ」。「児童一人ひとりと向き合ってくれた先生」(小6の時に高島さんが担任だった高校2年生の松木もかさん)の命が続くことを、皆が願っていた。

  • 教壇でめざす「悔いのない最期」 同僚先生を驚かした児童たちの反応

 児童と真剣に向き合う姿勢は最後まで変わらなかった。

 昨年8月、3年半ぶりに復職…

共有