政治と宗教の話は飲み屋ではしないほうがいい――。
よく耳にする寸言です。語っているうちに互いに熱くなって、収拾がつかなくなるおそれがあるからでしょう。裏を返せば、私たちは政治についての他人の立場にかなり敏感で、そこに踏み込まないように配慮をしているとも言えます。でも、それは正しい振る舞いなのでしょうか。政治や社会をめぐって分極化が進む今、私たちの行動を科学的に分析した社会心理学者・横山智哉さんに寄稿いただきました。

社会心理学者・横山智哉さん寄稿
私たちは、他者と関わり合いながら日常生活を過ごしている。それでは、どのような基準で関わる相手を選んでいるのだろうか。こうした選択は、単なる「個人の好み」によると思われるかもしれない。しかし、この漠然とした「個人の好み」を科学的に分析してみると、新しい発見が得られるかもしれない。
実は最近、本来政治と無関係だと考えられてきた場面においても、他者のイデオロギーや党派性といった政治的属性を手がかりに、「誰と関わるか」を選んでいることが明らかとなっている。それでは、実際にどのような場面で、どのような選択が行われているのだろうか。
具体的には、次のような研究がある。
全米規模の出会い系サイトを対象とした政治学者のヒューバーとマルホトラの研究は、利用者は自分と同じ政治的属性(イデオロギーや党派性)をもつ相手を好み、そのような相手にメッセージを送りやすいことを明らかにした(*文末の文献リスト参照)。また、ルームメートの選択を題材とした政治学者シャフラネクの実験では、「まったく清潔ではなく、部屋が汚い」という人物と同程度に、回答者は党派性が異なる人物とは一緒に住みたくないと評価することを示した。
これらの研究は、いずれも従来は政治とは関連が乏しいとされてきた場面で、他者の党派性やイデオロギーが重要視されていることを明らかにしている。実は、私たちは他者の政治的属性を考慮しながら「誰と関わるか」を選択しているのではないか、と考えられる。
ただし、上記で紹介した研究はいずれもアメリカで行われたものである。はたして、日本でも同じような現象が確認できるだろうか。
■政治的立場を推測する手がかり
実際、日本では、支持政党をもたない無党派層が多く、脱イデオロギー化も進行している。こうした状況を踏まえると、他者の政治的属性を手がかりに「誰と関わるか」を選んでいると言われても、あまり腑(ふ)に落ちないかもしれない。
しかし、日常生活を振り返ると、他者のさまざまな行動の中に、その人が「どのような政治的立場なのか」を推測する手がかりが含まれていることに気づく。
たとえば、特定の政党支持に言及していなくても、身近な出来事をめぐる発言からその人の政治に対する考え方をうかがい知ることがある。趣味や服装、好きな音楽や料理などのライフスタイルに関する情報も、その人が「どのような政治的立場の人物なのか」を推測する手がかりとなる。どのようなYouTubeのチャンネルを視聴し、どのような政治家の投稿に「いいね」を押すかといったオンライン上の行動も同様である。より直接的な例としては、近所の家の塀に貼られている特定の政党ポスターを見て、その家に住む人の支持政党やイデオロギーを推測することもある。
このような手がかりが私たちの身の回りにあふれているならば、他者の政治的立場をまったく考慮せずに日常的な対人関係を築いているとは言い難い。むしろ、一つひとつはささいでも、こうした手がかりを組み合わせることで、他者の政治的立場を推測している可能性がある。
■「個人の好み」にそった行動がもたらすもの
もちろん、この推測が実際にどのくらい正しいのかは定かではない。しかし、先ほど紹介した研究は、そのようにして推測された他者の政治的立場を利用して、人々が日常生活で関わる相手を選ぶ可能性を示唆している。
このような意思決定を人々が日頃から行っているとすれば、どのような帰結がもたらされるだろうか。
まず考えられるのは、自分の政治に関する立場と近い相手とだけ関係を続けるといったことである。このような行動を取り続ければ、日常生活の中で自分とは異なる考えや価値観をもつ他者と関わる機会が減り、結果的にそのような他者に対する寛容さが育ちにくくなるだろう。
それでは、私たちは他者のどのような政治的属性によって、「誰と関わるか」を判断しているのだろうか。この問いに答えるために、本稿では他者とのさまざまな関わりの中でも根本的な、「誰と話すのか」という選択に着目したい。
この問いに答えるためには…












