Smiley face
写真・図版
イラスト・ふくいのりこ

 認知症になると、「何もできなくなる」「本人は混乱して何もわからない」といったマイナスイメージが持たれがちです。しかし認知症になってからもその人にできることはたくさんあります。大切なことは「その人らしく」生きることです。国もこうした考えを「新しい認知症観」というキーワードで、社会に理解を広げていくことの大切さをうたっています。今回はそんな気持ちを私に伝えてくれた、血管性認知症の高柳省吾さん(73歳、仮名)のお話です。今回も個人情報保護のため、事実の一部を変更してお送りします。

 高柳さんと出会ったのは、日本で初めてとなる国際アルツハイマー病協会の会議が京都で開催された2004年ごろでした。介護保険が始まって数年たち、初めて認知症の当事者が世間に向かって公の場で思いを語り始めたころ。まだ社会全体も「認知症になれば何もわからなくなる」といった過剰なイメージや、「その人が言っていることには何も意味がない」という差別のような意見が多かった時期です。

 彼は50~60代で高血圧になり、これまでに何度か脳梗塞(こうそく)で入院していました。血圧が動揺し上がり下がりをくり返すため、血圧が急に上がる時には脳出血の危険があり、急に下がるときには脳梗塞の危険がありました。

「何もわからなくなる」と言われ傷ついた高柳さん

 大学病院といくつかの大病院を受診し、そこからの紹介で私のクリニックを訪れました。

 初診の際、高柳さんは第一声で「先生、私が妻を束縛するのを止めてください」と言いました。同伴していた妻の京子さん(仮名)もその場で泣き崩れ、私はあわてました。話を聞くと、認知症の「記憶面」はそれほど悪くなっていませんが、やはり認知症レベルになっていました。

 彼はこうも言いました。「先生、私は何度も脳梗塞で入院して、自宅に戻ってからも妻には大変世話になっています。娘が1人いますが、若いころに会社から派遣されたヨーロッパの国で当地の人と結婚しているので、なかなか頻繁には帰国できません。妻はひとりで私をみています」

 脳梗塞が原因で起こる血管性認知症は、できることとできないことの差が出てくるのが特徴です。高柳さんの場合も症状に差があることに気づきましたが、彼の悩みを聞いて、より驚きました。

妻が離れると募る不安 自分でも止められない「束縛」

 高柳さんは自分が認知症だと…

Share.