翻訳家・児童文学評論家 清水真砂子さん(上)
《ファンタジーの金字塔といわれる「ゲド戦記」(岩波書店)の邦訳を手がけた。2025年刊行の別冊を含むシリーズ全7巻の累計部数は246万部にのぼる》
こんなに長くゲドとつきあうことになるとは、思いませんでしたね。第1巻「影との戦い」の邦訳が世に出たのが1976年9月。ちょうど半世紀になります。当初は3部作と言われていましたが、原書は第3巻から18年を経て第4巻が出た。太古の知恵と魔法を受け継いだ大賢人ゲドが、すべての力を失った初老の男として登場します。
翻訳家・児童文学評論家の清水真砂子さんが半生を振り返る「語る 人生の贈りもの」。全3回の連載の1回目です(2026年9月半ばから10月初めにかけて文化面で掲載した記事を再構成して配信します)。2回目は14日に配信します。
- 成果主義の世を生きのびるには 弱さは力、「ゲド戦記」から学ぶ人生
大巫女(おおみこ)だったテナーは百姓の夫を見送り、農園の主(あるじ)に。誇り高く凜々(りり)しかったゲドがぼろぼろになり、テナーと暮らし始める4巻以降は「定年後の物語」とも言われました。弱さを抱きしめ、名を成さないひとりとして生きる豊かさを示している。競り勝とうとしなくて良くて、その人がその人でいられる世界があり、居心地がいい。著者のアーシュラ・K・ル・グウィンも変遷しながら紡いでいったんですね。
《青山学院女子短期大学を退職して16年。この夏、遊びにきた教え子たちは「物の見方が覆される講義だった」と振り返った》
児童文学の授業で、「かわいい」という言葉をあえて禁じていました。子どもの本というと「かわいい」と返ってくるけれど、そこからまず決別してほしかった。大人にとって都合のいい子どものことを、そう言っていない? 男の人にかわいいと思われたいのも、自分をそんな枠にはめようとしているのでは? そして、あきらめ、我慢するのではなく、相手を信頼してもっと怒ろう、とけしかけました。
実は、私が最初の結婚を約1年で解消したのも、いい子でいるよう強要されたように感じたから。議論をふっかけても反応がない。もっと相手とけんかしたかったんです。
朝鮮半島からの引き揚げ
《太平洋戦争が始まる1941年の5月、朝鮮で生まれる。父・孫衛(まごえ)は鉄道の駅長だった》
生まれたのは、現在の北朝鮮東部の元山(ウォンサン)に近い小さな町。敗戦後は家を追われ、抑留者住宅で過ごしたそうです。当時の記憶は断片的ですが、あるとき、ソ連兵が土足で家に踏み込んできました。家族をかばうように立ちふさがった父が殴り倒されたことを覚えています。
《46年4月、10家族余りの集団で抑留者住宅を抜け出し、北緯38度線に向けて歩いた》
私は8人きょうだいの下から…


