長谷川平蔵の密偵が、雲霧仁左衛門配下の盗賊が歩いた、あの水辺の石畳が目の前にある。時代劇好きなら、一度は何かの場面でここを見ている。

【撮影ワンポイント】八幡堀
堀には観光用の和船が行き来するため、水面が静まる一瞬を狙う。水面の揺れがおさまって船が動き出した。船に太陽の光が差した時、「今だ!」とシャッターを切った。(内海日和)
- 【特集】いいね!探訪記
堀にかかる白雲橋には自動車が通るものの、白壁の土蔵や旧家が並ぶ堀端は現代の物が映り込まない。滋賀県内には琵琶湖をはじめ古い町並み、彦根城や多くの神社仏閣、ダム用地の原野などもあり、原始時代から未来モノまで、映画やドラマの撮影にうってつけだ。

滋賀ロケーションオフィスは年間100件のロケ依頼を受ける。なかでも八幡堀は大定番という。「ビルが一つ建てば、がらっと変わってしまう。地域の人たちが守ってくれていると感じます」と有田高志さん。
全長約4.8キロ、幅約15メートルの堀は、天正13(1585)年に豊臣秀次が琵琶湖につながる運河として造った。以後、町は水陸にわたる物流の要衝となり、江戸時代にはここから近江商人が全国に行商し、拠点を広げた。
歴史を今に伝えるこの景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区や全国初の重要文化的景観に選定されている。
「埋めた瞬間から後悔」
だが、かつて失われる瀬戸際までいった。昭和に入り水運利用が減ると堀は忘れられ、住民による川ざらえが途絶えた。高度成長期にはゴミやヘドロが悪臭を放ち、堀は埋め立てが決まった。着工寸前の1972年、近江八幡青年会議所が声を上げた。「堀は町の礎。なくしていいのか」
当時の理事長を中心に「堀は…







