おたる水族館(小樽市)で生まれたバンドウイルカの「レンカ」がすくすくと育っている。何も教えていないのに、母親の姿を見て、生後1カ月ごろからジャンプに挑戦。回転しながら口から水を吹き、客を楽しませている。
レンカの出産は、水族館にとって念願だった。これまでも繁殖には何度か挑戦してきたが、失敗続き。飼育員の間では喜びと同時に不安と緊張も走っていた。
2024年8月17日。母親のメリーに出産の兆候が現れた。飼育員たちがざわつく。ここまでたどり着くのに約8年の月日がかかっていた。
メリーと父親ロッキーの繁殖に取り組んだのは2016年から。23年11月にエコーで赤ちゃんの姿が確認できた時には全員で喜んだ。
だが、安心はできない。バンドウイルカの人工繁殖による1年以上の生存率は約3割と言われる。
飼育員の佐久間穂菜美さん(27)は、繁殖に成功した別の水族館の飼育員の話を聞き回った。札幌市円山動物園のゾウの出産まで参考にした。出産にそなえ、飼育員5人と獣医師を加えた6人でイルカチームを組んだ。
24年8月18日午後3時50分、尾びれがのぞいた。せびれが出るまで約1時間。そこからはするりと全身が姿を現した。女の子だった。
本番はここからだ。メリーがなかなか、赤ちゃんに寄り添って泳がない。メリーは野生から来たため、出産経験があるかはわからなかった。
陸地に3人、プールがのぞける下のスペースに2人の飼育員が張り付き、祈るように見守った。
永遠かのように感じたが、後から振り返れば、たったの5分。メリーは赤ちゃんに寄り添って泳ぎ始めた。母親の目つきになったように感じたという。
赤ちゃんがプールの壁にぶつかって命を落とす恐れがあると聞いたため、船をこぐパドルにやわらかい布を巻き付け、プールを囲んで守る態勢を整えていたが、心配はもうない。メリーは、赤ちゃんと壁との間に自然に身を入れ、泳いでいた。
次のハードルは授乳だ。イルカの母乳が出る場所は尾びれに近い、おなかの下の方。「小」という漢字のように縦線に沿って、二つの切れ込みがあり、そこに舌を丸めて上手に吸い付く必要がある。
何度もおなかや胸びれの辺りに吸い付くが、なかなか母乳にありつけない。吸えたと思っても、位置がずれてしまったり、うまく口に吸い込めず、こぼしてしまったり。ようやく飲めたのは半日近く経った19日午前4時39分だった。
メリーは子育て上手な母だった。立ち回りからして、初めての出産ではなかったとみられる。
赤ちゃんは「レンカ」と名付けられた。アイヌ語で希望や光を意味し、「小樽を、そして北海道を照らす存在になってほしい」との願いが込められている。
95センチほどだったレンカは、倍ほどの大きさになった。多くの時間を母親のメリーと同居人のロビンと過ごす。人間観察が好きで、水面に姿を見せることも多い。
佐久間さんのおすすめは、夕方以降の時間帯。「リラックスしているが、好奇心は旺盛。新しい動きにぜひ注目してもらえたら」