Smiley face
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小田哲生さんがコミュニケーションに使う電子メモ帳=大阪市北区、山岸達雄撮影
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 中学校の音楽教師だった小田哲生さん(67)=京都府八幡市=は14年前、声を失った。教壇も離れざるを得なかった。だが、今も音楽とともに人生を歩み続けている。

 大阪市北区のビルの地階にあるライブバー「B―flat」。毎週火曜夜、音楽愛好者らが15分の持ち時間でJ―POPのカバー曲などを演奏するイベント「オープンマイク」が開かれている。

 企画するのは小田さんだ。そして、歌い手の多くが小田さんから歌のレッスンを受けている。

 話すことができない小田さんは、意思疎通に携帯型の電子メモ帳を使う。キーボードで打ち込んだ文字を画面で相手に見せ、身ぶり手ぶりも交えた「筆談」でやりとりする。

 自宅スタジオでのレッスンでは、パソコンで打った文字を音声ソフトに読み上げさせたり、紙に発声の仕方や抑揚を図示したりして指導する。

 教師を退職後、これまで個人レッスンで100人以上に歌を教え、今は常時15人ほどがレッスンに通う。生徒の発表の場として始めたオープンマイクは10年以上続く。週末に開催するライブは200回を超え、小田さんもピアノ伴奏者としてステージに立つ。

 小田さんが声を失った原因は舌がんだった。最初に手術を受けたのは2010年10月。再発した翌年4月には舌を全摘し、喉頭(こうとう)なども摘出する2回目の手術を受けた。声を出せなくなり、京都府内で30年以上務めた教師は退職を余儀なくされた。

 がんを患う前から、作詞作曲…

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