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Aストーリーズ 憲法前文を書いた男 ハッシー(5)

 80年前、日本の新憲法の前文にすべての人々の「平和的生存権」を盛り込むことを考えたハッシー。力ではなく国際協調による平和を目指す――。いま、その構想とは逆へ世界は向かい、日本も防衛力強化を加速させている。ハッシーの目にはどう映るだろう。

Aストーリーズ「憲法前文を書いた男 ハッシー」

日本国憲法の制定に深く関わった、ハッシーという米国人がいた。前文の原案を書き、平和への理念を託した。残された膨大な資料から足跡をたどり、公布80年のいま、彼が描いた平和のかたちから日本の針路を見つめ直す。

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 1946年2月下旬、日本政府はいま私たちが持つ憲法の制定に踏み出した。

 幣原喜重郎内閣はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の案をふまえて政府案を作ることとし、26日の閣議で、憲法担当相の松本烝治を補佐する役に、内閣の法制局第一部長、佐藤達夫をあてることを決めた。

 2人は3月2日に日本語の案をまとめ、4日午前10時頃、GHQが拠点とする皇居そばの第一生命館6階を訪れた。

 GHQ案をまとめた民政局のケーディスは、もとの英語を政府案は反映していないと指摘し、松本と激論になった。

記事末尾で、日本国憲法の制定過程を描いたドラマ本編(約12分)と当時のマッカーサーの執務室の3D映像がご覧いただけます

 松本が「用語の問題は、当方…

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