家族とのドライブが好きだった。窓を開けて風を浴びるとほほえみ、腕を動かし、全身で喜びを表現した。「穏やかで、癒やしの存在だった」。宮城県石巻市の狩野由紀さん(60)は息子の姿を思い返す。

15年前、津波は自宅に入り込み、長男の悟さん(当時17)の命をつないでいた機器を襲った。
難治性てんかんと、気管軟化症の重い障害があり、人工呼吸器を手放せなかった。言葉を発することはできないが、大好きなドラえもんのアニメを見ている時はニコッとして、家族が険悪な雰囲気になった時は、「ん?」と渋い表情をして、気持ちを伝えた。
ベッドの上にも水が
2011年3月11日午後、通っていた特別支援学校は休みで、当時8歳だった弟の拓磨さん(23)と自宅で過ごしていた。由紀さんが「夕飯は何にしようかな」と考えていると、大揺れが来た。悟さんは目を開け、「何事だ」と感じているようだった。
揺れが収まると、近所の人が車で避難する音や声が聞こえた。しかし、由紀さん1人で悟さんを連れて逃げることは難しい。避難所で呼吸器などの電源を確保できるかも分からない。
「とどまっているしかない」。しばらくすると、周囲は静まりかえり、人がいなくなったのがわかった。
「ピー」と鳴った呼吸器、そして
約40分後、突然、部屋への…









